long dream | ナノ



私の嫌いな上司



早朝の日の光を浴びるのはとても気持ちが良い。
毎朝、重い瞼をこすって布団から抜け出すのにかなりの労力を要するが、
外に出てしまえば不思議と眠気が消えていく。
そして、アパートからすぐ近くの仕事場へと向かうのが、私の毎日の日課だ。


「おはよーございまーす」

「あ、柚季さん。おはようございます」

漢方薬局『うさぎ漢方 極楽満月』の戸口をくぐると
ほうきで店の床を掃く手を止めて、もう一人の従業員が迎えてくれた。

「あれ、桃太郎君。一人?」

「ああ、あの人ならまだ寝てますよ」

「……昨日も花街に?」

小さく舌打ちをして彼に尋ねると、向こうも呆れた様子で頷いた。
すたすたと店の奥に進み、台所を通って、例の「あの人」の自室へと向かう。



「白澤様」

「…………」

「いつまで寝てん、だっ!!」

「ぐふっ!!」

だらしなく衣服の前を開けたまま眠っているその腹に思いっきり蹴りをいれると
ようやく目覚めたようで、小さく唸りながらのろのろと体を起こした。


「君ね、もう少し優しく起こせないの?」

「部屋に入る前にノックしましたし、声もかけましたけど」

「だからって普通女の子が上司を蹴る?」


そう言ってまだ痛そうに腹をさするこの男が、一応私の上司である。
膨大な知識を持っているくせに、極度の女好きで浮気性。
私はこの人が苦手だ。


「私はあなたがいつも親しくしているような女性とは違いますから」

「とか言って。ホントは柚季ちゃんも僕と遊びたいんじゃないの?」


ベッドから立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきて私を見下ろす。
痩せているとはいえ、長身な体が近くにくるとかなり圧迫感がある。


「ちなみに僕は今晩暇だけど。どう?」


腹が立つ。
そんな気など無いくせに。
微笑んでこちらを覗き込んでくる彼をきつく睨み返す。


「あなたと寝るくらいなら死んだほうがマシです」

「相変わらず可愛くないね。冗談だよ、冗談。君には手を出さないから安心して」


可愛くない女。
彼にとっても私はそういうものだ。
他の女の人には簡単に囁く甘ったるい言葉も、決してこちらには降ってこない。
それなのに、度々さっきのようにからかってくることに、無性にイライラするのだ。
何を考えているのか。
感情の読めないあの胡散臭い笑顔には、いつまでも慣れない。



「早く支度して来てください。もうすぐ開店ですから」

「……柚季ちゃん、頼みがあるんだけど」

「…………何ですか」

「黄連湯作って……」


嫌です、と私が返事をする前に、急に顔を真っ青にさせた彼は厠へと駆け込んでいった。
その様子を見ながら、ああ、と心の中で思う。

私はこの人が苦手で、大嫌いだ。







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