華麗なる獣の復讐も兼ねた傍観生活 | ナノ


▼ vengeance:06

 傍観ってなんですか。
 そう誰かに尋ねられて、彼女は満面の笑みで教えました。

「手を出すことなく、ただ近くで見ていること。その事に関係のない立場で見ていること、なんだけどね、私の場合は違うなぁ。裏で暗躍しながら、近くで見てること。それが私にとっての傍観かな」




 復讐しながら傍観するのは、結構大変だ。それが身に沁みた数日前。
 あれから午後の授業にちゃんと間に合うように、優子さんは教室で食べることにした。
 さすがにあの縄張り付近で食べてたら、どう足掻いても戻れない。絡まれたらもっと。
 まあ早く食べて走っていったら間に合うかもしれないけど、どうやら優子さんは運動が苦手らしい。
 速さは平均らしいけど、体力がからっきしだから途中で力尽きるとか。そこから考えるに、優子さんは長距離には向かない子だ。
 たぶん短距離のほうが力を発揮するタイプ。私は生前はそうだったなー。まったく体力がなくって、体育祭は苦労した。
 まあ高校の体育祭は出れなかったけどねッ! 体育祭は10月だし、その5か月前にチーン、となってしまったからなぁ。
 私の分は優子さんになるのかな。私を入れて女子は18、男子は22の40人クラス編成だったから、私が亡くなった後は1へって39人。
 優子さんが入ってきてくれたおかげで、人数は保たれてるけどね。どのクラスも定員が決まってて必ず40人。
 1人減ったうちのクラスは体育祭で不利になるとこだった。
 もともと女子が少なくて、男子の発言が大きかった私たちのクラス。
 だから優子さんもクラスに居づらいだろうなぁ。だってクラスの一部を除いた男子は姫島さんの取り巻きだからね。
 視線がついて離れないだろうし、何よりも優子さんが気にしているのは他の女子たちのこと。
 自分とかかわって彼女たちも冷たい視線にさらされないだろうか、って思ってる。うちのクラスの女子はそういうことに関しては強いんだけどなぁ。
 中等部からの持ち上がり組が多くて、半数以上が知り合いだし。たったの1週間の付き合いだとしても、それなりに仲良くやってた。
 でも優子さんは、本当に優しい。きっと彼女は、亡くなった後も惜しまれるタイプだろう。
 たくさんの花が添えられて、多くの人が泣くのだろうね。私もきっと、泣く。

「うた?」
「わぅ」

 優子さんの部屋に通い犬をして数日経つけれど、優子さんは本当に優しい。
 ドッグフードうまうま。女の子の繊細なところ好きですよ、優子さん。
 優子さんお手製のベッドは籠のなか。ふわふわのクッションはなんと優子さんのお手製らしい。
 精一杯作ったんだろうか、ところどころ解れているところもある。それが優子さんの頑張りを示しているみたいで、私も頬が緩む。
 見た目はなんとも変わってないけどね。
 数メートル前を歩く優子さんに向かって走り出す。ぼーっとしていたから、足取りが止まっていたらしい。
 休日の今日は、久々に一緒に昼食だ!
 今日の昼ごはんなにかなぁ。
 ……おっと、涎と腹の虫が。




「はい、うた。今日はちょっと豪華にしてみたよ。硬いものもあるから、ちゃんと噛むんだよ?」
「わんっ!」

 わかってる! わかってるのでごはん! ごはん下さい!
 目の前に出されたいつものプレート。私用のドッグプレートは学園長から支給されたらしい。優子さんの持ってるプレートの色はピンクで、学園長のはブルー。
 色違いの同型だ。分量が変わって変に思わないように、という配慮だって。
 綺麗に、高く盛られたごはんを、零さないように食べる。地面に零れても食べるけどね。
 獣に生まれ変わってからというもの、地面に落ちたごはんを食べることに殆ど抵抗がなくなってきた。
 生きるためには仕方がないんだ! それにおなかが減っては戦ができないじゃないか。頭が働かなくて、良い復讐方法が思いつかない。
 今日のメニューはなまぬるミルクに少な目ドッグフード、その上に盛り付けられた犬用野菜ブロックと仲良くなった食堂のお姉さまからもらったあまりもののお魚。
 ちゃんと骨も抜いてあって、犬の害になるようなものも省かれている。さすが優子さん安定の犬思い。
 学園長が出張の今日は、朝ごはんもまともに食べれなかったんだ。白狼父(おとうさん)が採ってきた果物が今日は朝ごはんでした。
 なんか今日の朝は凄く機嫌よく採ってきて、甲斐甲斐しく私のために半分に割ったりしてくれた。
 そういえば白狼父(おとうさん)が採ってきたものを食べるの、初めてかも。
 産まれてからというもの、学園長がもってきてくれるものしか食べてなかったからなぁ。果物も美味しくいただきました。
 でもやっぱり物足りないんだよねー。さすがに果物を多くとってもらうと、他の動物が食べれなくなるからなー。
 白狼父(おとうさん)と話せたら楽なんだけどね。おなじ種族に生まれ変わったんなら放せると思ったんだけどさ。
 いや他の兄弟たちはなんか意思の疎通ができてるみたいなんだよね。だってさ、じーっと白狼父(おとうさん)と見つめ合っているかと思ったら頷いてたりするし。
 それなのになぜか私だけ意志の疎通ができないという不思議。どういうことですか。
 憤慨しつつばくばくと平らげていく。けふ、まだ足りない。
 優子さん、おかわりっ!

「わぅんっ」
「え? どうした? もう要らない? それともおかわり?」
「ぅおんっ」
「あ、おかわりか。うん、ちょっと待ててね」

 凄い勢いで食べていた私の真横で、ゆっくりとサンドイッチを咀嚼していた優子さんは、どこかぽやーっとしている。
 そういえば今日は優子さん以外のひとにはあまり合わないな。でも今日はお盆でも特別帰宅期間でもなんでもない。
 お盆や特別に帰宅を許された期間でもない限り、生徒が学園から出ることは許可されていない。その代り学園の敷地内には生活に必要なお店や娯楽施設は備わっている。
 小高い丘もどきに設置されているうちの学校は、それなりに伝統と格式がある。国内でも珍しい共学の全寮制として、古くから生徒の管理には手を抜かない。
 学園の外に出て気を抜いて、それで事件や事故にでも巻き込まれたら大変なことになるのだ。それを防ぐため、学園では外出を制限している。
 外の世界も知らないまま学園を出たら、世間知らずになるんじゃないかっていう不安はあった。でも学園内にある施設で世間について学ぶこともできる。
 家族に会えない不安はあるだろうけど、娯楽的な意味では学園内のほうが優れている気がした。
 学園内で買う食べ物や衣類・道具などに支払うお金は、学園内が生徒たちに支給している。その支給も階級別、というか能力別だ。
 お小遣いは基本みんな一緒だけど、その月でいい成績を挙げた生徒には特別にプラスされる。
 教科書やノートなどは学園側に申し出れば支給されるので買わなくていいけど、その他はそのお小遣いで買わなければいけないんだ。
 私のドッグフードとかは学園長の支給みたいだけど、お金かかってないか心配だよ。
 差し出されたドッグプレートを、今度は味わうようにちまちま食べながら、ちらりと優子さんをみた。
 やっぱりまだ、ぽやーっとしている。


 ごはんを食べて一休み。
 優子さんはあれでちゃんと満足できてるのか、と思うほどの小食。
 いや、生前の私も優子さん並に食べれなかったんだけどね。こう考えると、私と優子さんって本当にいろいろ縁があるなぁ。
 縁というか、似てるとこが多いというか。趣味は全然違うんだけどね。
 あー、まだ人間で、そして優子さんが来てたなら真っ先に友達申請してたよ。あと優子さんを見本にするね。
 喋り方や感じは違うけど、キャラクターをちょこっと似てるし。私が人間のままでも、多分学園長から要請はきただろうな。
 いや、要請されなくてもするけどね。優子さんのこと、嫌いじゃないんだ。

「うた、みて。飛行機雲だよ」
「ぅわんっ」

 急に空を見上げたかと思ったら、飛行機雲を指さしてそういう優子さん。
 なんかいつも以上にぽやぽやだよこの子。どうしたんだろ。

「……あのね、うた。わたしね、この学園にきた最初はすごく不安だったんだ」

 ぽつり、呟くように優子さんが言った。
 その膝の上に本を置いて、空を見ながら。
 声は顔は逆光でよく見えない。

「友達はね、クラスの女の子がすぐになってくれたよ。座る席が亡くなったの子のだって聞いて、最初はすごく申し訳なかったんだけどね。その方が亡くなった子も喜ぶ、って言ってもらって、座ることができたんだよ」

 まあ、あのクラスで開いてた席なんてたぶん私のだけだったからね。
 優子さんはやっぱり、優しい。

「寮の部屋だって、物だって、その子から譲ってもらったものばかり。それで過ごしてるうちにね、気づいたんだ。最初の頃の不安なんて、もう忘れてるってことに」

 こっちを向いた優子さんが柔らかく笑う。
 日の光を浴びた姿は、なんだか神秘的。
 優子さんは話を続けた。

「わたしね、姫島さんのことまだ怖いんだ。男の子もだよ。でも、でもね」

 すぅ、と優子さんが息を吐く。
 かさかさ、と音を立てる木葉でさえも、優子さんの言葉を待っているかのようだ。

「楽しいの! すごく、楽しいの。友達になってくれた子と過ごすのも、こうしてうたと過ごすのも、何もかもが楽しいの」

 ふわり、まるで花が開くかのような笑顔。
 開きかけの花が、満開に咲き誇るような、そんなキラキラした感じ。
 風がいっそう強く吹いて、どこからとんできたのか花弁が舞う。
 優子さんにはきっと、向日葵が似合う。大きな、向日葵が。

「厚かましとは思うんだけどね、でもわたし決めたんだ。亡くなったあの子の分まで、精一杯学園生活を過ごそうって。今日はね、それを考えてた」

 優子さんは多分、恨まれにくい人だ。
 こんなに嬉しそうに笑う人を、どうしたら嫌いになって恨んで憎めるんだろうか。
 見知らない他人の分まで、学園生活を送ろうとしてる人を、どうして。
 本当はね、最初はね、優子さんのこと、そんなに好きじゃなかったんだよ。
 ちょっと、ちょこっとだけ嫌いだった。羨ましかっただけなのかもしれない。もう人間でいられない私とは違って、まだまだキラキラ輝ける優子さんが、羨ましかったんだ。
 もう向けられることは無いだろう感情を向けられている、それが悔しくて羨ましかったんだ。
 でもね、ごめんね。今は優子さんの事、好きだよ。応援してるよ。ちょっと悔しいけどね。
 たぶん、いやきっと、優子さんの幸せは私の目標を達成させる。
 そう、きっと。






 その後は勉強会があるという優子さんを見送って、1人、いや1匹で芝生の上を転がっていた私。
 胸の中で燻っていた何かが、ストンと堕ちたようになくなった気がした。

 姫島さんが来てからというもの、この学園は少し変わった。
 例を挙げるなら、今まで自分の縄張りに引っこんでいたイケメンたちが、急に学内に姿を現し始めた。
 人の多い食堂や時間帯を避けていたイケメンたちが、何故か揃いも揃って表われたのだ。
 うちの学園の女子はみんな、いやマイナス1で常識人だ。イケメンたちの嫌がることはしない。
 まあ、格好いい人を見つけたら黄色い声を上げてしまうかもしれないが、それでも彼女たちが群がることはない。
 イケメンたちが嫌がることは本当にしないのだ。
 そしてもう一つ、男子寮と女子寮の間での行き来が増えた。
 本来異性禁制の二つの寮は、申請すれば可能だ。その申請がすごくおおい、らしい。
 あとは、何故かイケメンたちに親衛隊というか、ファンクラブができたことだ。
 一介の学生にファンクラブって、と思わなくもないけど、急にできたらしい。しかもそれをみんな不思議とも思っていない。
 優子さんの口振りからすると、まるでずっと前からあったかのようにも聞こえる。そんなバナナ、私が存命中の時はなかった。
 そしてこれは御子紫くん情報だが、今年のイベント計画予定表に過去にはなかったイベントが多数追加されているらしい。
 ミスコンとか、ミスターコンとかカップルイベントとか、よく学園側が許可したぁ、と思っちゃうイベントまである。
 伝統と格式高い学園じゃなかったの、と上層部に言いたくなる。
 それも何故かみんな受け入れてるんだから、怖くなってきた。

 学園に起こってる異常現象には、白狼父(おとうさん)もちょっとイライラ気味。
 優秀な人間を好む白狼にとって、ミスコンやカップルイベントなどのイベントは無駄に見えるのだろうか。
 私も白狼になったから、みんなのように受け入れがたくなってるのかもしれない。
 御子紫くんいわく、そのイベントは10月以降から始まるらしい。
 いいのか、10月以降で。どれだけ10月から立て込んでるんだ。みんなが辛いぞ。
 芝生をあてつけるように踏む。本当につらいんだぞ。特に体育祭。


「わぅうっ」

 ちょっと変わってしまった学園を考えながら、復讐方法についても考える。
 姫島さんがターゲットにしてるだろうイケメンたちを、姫島さんじゃなくて優子さんの方にくっつけたら復讐になるんじゃないかな、って考えてた。
 イケメンを侍らせること自体は、優子さんは好まないだろうけど、その中から伴侶を見つけるのもいいと思うんだよね。
 何も全員に惚れられろってわけじゃないし、友達になればいいと思うんだ。要は姫島さんのほうに行かなければなんでもいい。
 重要なのは、姫島さんじゃなくて優子さんを選ぶことなんだから。
 でもイケメンをコレクションする前に奪われたって、逆に支配欲が、っていうか、コレクション欲が燃えるって言うか、やる気を上げるだけでしょ。
 だからこそ、姫島さんがコレクションしてから優子さんに近づけようか。
 自分がコレクションしたものを他人にとられる。それ以上の屈辱ってあるのかな。
 強欲な人ほど、きっと悔しい。
 まずは姫島さんにイケメンたちをハンティングさせよう。まあ、御子紫くんはもう無理かもしれないんだけど。あと学園長も。
 でもイケメンはまだまだいる。そのイケメンたちをハンティングさせればいいかな。
 幸い副会長が落ちたんだ。その他のイケメンが落ちる可能性だってないわけじゃない。
 それまでの間、イケメンたちと優子さんを接触させるのはやめようかな。
 まあ、接触の可能性は低いし。
 だけど念には念をいれなきゃね。何時死ぬかわからないように、いつ接触するかもわからないんだから。
 最初に接触させるのは誰にしよう。
 ああ、一番姫島さんに惚れこんでいる人は最後まで残そう。
 とっておきは最後に残す性格なんだ。

 自分の前足をぺろりと舐める。
 下準備は済んだ。
 あとは、獲物が罠に引っかかるだけ。

 最初のターゲットは ―――

「わんっ」

 あの人。

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