華麗なる獣の復讐も兼ねた傍観生活 | ナノ


▼ vengeance:05

 冷え冷えミルクに数個のドッグフード、うまうまー。


 あれから後、私の腹の音、っていうか犬でも腹の音って聞こえるんだってことに一番びっくりしたけど、その腹の音に気付いた学園長がいったん話を中断してくれた。
 いやー、すみませんね。おやつの時間のためだけに面白い、ごほん、大変面白いはなしを中断させてしまって。
 なんかポカーンと、どちらかといえば呆れたような二人、プラスまさかおやつタイムで邪魔されるとは思ってなかった姫島さんからの、痛いほどの睨み付けのなかもぐもぐ。
 さっき食べたばっかりじゃなかったっけ? ばーろー、白狼の仔はいつでも腹へりなんだ。
 自分でもここまで食欲あったとはなー、って思ってたし、生前はめったに食べてなかったし。
 生前は朝食はヨーグルット(ヨーグルト風味)のみだったし、お昼ごはんは購買のサンドイッチ1個とウインナー、豆乳飲料(時々フルーツミックス)で、夕食は食堂で出されるものも半分しか食べれなかった。
 そんな感じの小食人間だったんだ。だけどそれが考えられないくらい食べてる。
 冷え冷えミルクが入ったドッグプレートは大きめの、成犬ようだ。幅も深さも結構あるやつ。
 それに零れそうなくらいたっぷりとミルクをいれて、そこにちょこんと数個のドッグフードが浸されている。もぐもぐ、うまし。
 味覚が獣並になってきたけど、人間の食べ物を食べれば人間の頃と同じ味覚になるけどね。不思議だー。
 おやつにしたらちょっと多めだけど、今日のお昼は少な目だったからなー。主に御子紫くんの所為で昼食が途中で断念されちゃって。
 おかわりもできなかったよ、って、ん? なんか地の底から響くような何かが聴こえて……


「グルルゥゥウウウ!!」
「っ、響生(ひびき)!? なんでお前がこっちに……!」

 思わずまたドッグプレートに顔を突っ込んでしまった。
 なんだか驚いたらプレートの中に顔を突っ込むのが癖になってきたよ。
 あれー、誰かがばかわいいって言ったような気がするなー。可笑しいなー。
 ばかわいいって言わないで! 馬鹿じゃないって何度言ったらわかるんですかー、学園長。優子さんと御子紫くんもだコンチクショー!
 小さい声だけど耳イイんだからね! 聞こえてるんだからね! ばかわいいっていったのが。
 吃驚したんだからしょうがないじゃないか。っていうか、あの地の底から轟くような鳴き声を聞いても平気でいられるとか……。
 いや最初は凄いビクッ、ってなってたけど、私がプレートに顔を突っ込んだ瞬間のばかわいい。
 君ら実は平気でしょ。なんともないんでしょ。
 そんな、なんてばかわいいんだ、みたいな目するな! 慈愛に満ちすぎてむず痒いよ。
 いやまあ、むず痒いっちゃあむず痒いけど、実は突き刺さる視線の方が痛いかなぁ。
 ねぇ、聞いていい? なんでここにいるの白狼父(おとうさん)。
 いつもの甘やかしてくれる時の白狼父(おとうさん)の目じゃなくて、まるで野生にかえったかのような目。
 簡単に言えば、猛獣。比喩を使ってい言えば、鋭くとがったような氷みたいな眼差し。
 最初は驚いていたような学園長は、ばかわいい(不満)と呟いた直後に我に返って少し落ち着いたようだ。
 白狼父(おとうさん)の名前、響生(ひびき)ともう一度呼んで、今度はしっかりとその目を見つめた。まるで別人だ。 
 ばかわいいと呟いていたデレデレ学園長じゃなくて、仕事モードに近い、しっかりした表情。

「なんだ? 長いしたのを追い返そうとしたのか? 日向か? それとも御子紫か? ……いや、もう一人のほう(・・・・・・・)か」
「がぅ」

 そう確信を持って訪ねた学園長に、白狼父(おとうさん)は一鳴きして頷いた。
 妙に人間染みた仕草だ。私たち白狼は賢い犬、というのが学園外のみなさんの一般的な認識だ。
 だからこそ、私がまるで人間の言葉を理解しているかのように頷いても誰もおかしいと感じない。学園長が愚痴をこぼしているときも、ときどき頷いてるし。
 変形種であるからこその、そういう待遇なのかもしれないけど。とにかく生まれ変わったのが白狼でよかった。
 普通の犬だったら怪しまれるだろうな。
 何この犬話理解してんの? みたいな感じで。最悪珍しがられて研究所行きかもしれない。よかった! せめて白狼でよかった!
 本当は人間が良かったけどね。この姿じゃなあ。なにもいえない。

 低い唸り声を出す白狼父(おとうさん)をみる。何故かすべてが、もう遠い昔のように感じられた。

「……当然っちゃあ、当然だけどな。追いだ―――」
「あ、あの! あなた、誰ですか?」

 誰、って、あれ?
 姫島さんって、自分のこと学園長の姪っ子って言ってたよね?
 それが本当にせよ嘘にせよ、学園長が誰かってくらいは知ってるはずなのにな。
 疑プラスだね。
 私と同じく遮られた学園長は、ちょっと眉間に皺を寄せつつ口を開いた。

「すか。あ? ……俺か。俺は一宮だ。一宮(いちのみや)廉(れん)」
「廉さんですか! 良い名前ですねー! あたし、姫島愛美っていいます。実はあたし、そこの日向さんにいじめられてて……。助けてくださいっ」

 は、何言ってるの、この子。
 優子さんが貴方を苛める理由なんて、ただの1つもない。
 そもそも優子さんが誰かを苛めるなんて、少なくても私は考えられない。泣きそうな顔で謝ってくるあの顔が、どうしても嘘だとは思えないんだ。
 それに姫島さんが言ってる下駄箱の件だって、優子さんはやってないのになぁ。ただの言いがかりだよ。
 証拠があるならいろいろと別だろうけどさ、なにもないんだよね? 姫島さんが提出できる、優子さんが姫島さんを苛めた証拠だなんて。
 眉を顰めた学園長が、ちらりと優子さんを見る。目を見れば何を考えてるかなんて明らかだけど、どうやら姫島さんは自分の勝利を確信しているらしい。
 優子さんも勘違いしてるのか、泣きそうな顔してる。それを見た姫島さんが細く笑んだ。

 ……駄目だなぁ、姫島さん。可愛い系いじめられっ子キャラを演じるなら、そんな三流の笑顔浮かべちゃダメだって。
 一度嘘ついたんならさぁ、最期まで貫き通そうよ。ほら、御子紫くんが目撃しちゃってるよ? 貴方はきっと、上手に嘘はつけない。

「一宮、さん」

 引き攣ったような声で学園長の名前を呼ぶ優子さん。
 もしかしたら学園長は姫島さんの味方になるのだろうか、っていう心配が顔に出てる。優子さんも、いい意味で上手に嘘はつけないだろうな。
 嘘をつこうとも思わないのかもしれない。つこうものなら、その嘘の内容が顔に出てしまうのかもしれないね。
 心細くて仕方がない、置いてけぼりにされそうな子供の顔。多くの人の庇護欲をそそる、小さな小さな存在。
 学園長は優子さんの頭の上に手を置いて、そっと撫でた。優子さんの柔らかそうな髪がくしゃり、そう小さく音を立てて撫ぜられる。
 二人の身長差は頭一個分。理想的な身長を超えてるけど、美男美女は絵になる。
 滅多に表情を変えない学園長の仏頂面が、柔らかい微笑みに変わった。近くで誰かが息をのむ音が、やけに耳に残る。

「大丈夫。俺はお前の味方だ、日向」
「いち、ッや、さ、」
「だから泣くな。お前の身が潔白なのは、何よりも俺が知ってるんだから」

 レア中のレアだ。美形なのに滅多に笑わないから、それで威圧感を与えちゃう学園長。
 写真にして売ったら結構な儲けになることが予想されるだろう。もともとファンがいっぱいいたけど、もっと増えるかも。
 ぽたぽたと涙を流す優子さんの頬を、少し骨太な学園長の指が滑る。
 零れ落ちる涙をひとつずつ掬うように、そしてはらうように、優しく、愛おし気に。
 唖然とした顔の姫島さんが目に入った。声にならないのか、口パクで「なんで」と「どうして」を繰り返してる。
 どこか手も震えているような気がした。その表情は、実に苦し気に、悔し気に、敵意に満ちていた。
 これは多分、私が望んでた復讐のひとつの形。
 学園長が優子さんの味方だなんて最初っからわかってたし、噂にも美醜にも左右されない自由な御子紫くんの反応も想像できた。
 白狼父(おとうさん)が来たのにはびっくりしたけど、それがいいアクセントになったみたいだし特別気にしない。だってここはもともと白狼父(おとうさん)の縄張りだし。
 でもこれじゃあ、駄目だ。これだけじゃあ、駄目だ。
 姫島さんの様子をもう一度見た。敵意が隠されることはないし、それは誰がみても明らかだった。キャラを放棄しちゃったねえ。
 でもその目の奥には、どこまでも高く燃え盛る何かがあった。たかくたかく、あつくあつく、燃え盛るなにか。
 それはたぶん、支配欲。
 なにかを、誰かを支配したいという欲。この標的はおそらく、いや確実に学園長と御子紫くんだろうな。
 尽きてない。彼女のなにも尽きてないんだ。懲りてないんだ。罪悪感なんて、後悔なんて、自覚なんて、何一つ無いんだ。
 だから、駄目だ。これじゃあ、これじゃあまだ駄目なんだ(・・・・・・・)。
 別に一気に叩き落とす気なんてない。どん底の不幸にする気だって、ないんだ。
 こっそりと、ちいさく、ささやかに、あとからじわじわと上がってくるような復讐。
 ぜんぜん、はじまってない。
 視線を動かす。

 学園長は優子さんから離れて、姫島さんの方を向いていた。その顔は、険しい。


「……おい、そこの女生徒」
「は、はいっ! なんですかー? 廉さん」
「止めてくれないか」
「え?」

 険しく、そして明らかな不快感を全面に押し出した表情(かお)の学園長。
 声にも、その収まりきらない不快感をあらわれている。そういえば、名前を呼ばれるのが嫌いなんだっけ。
 引き攣った顔の姫島さんを視界にさおめて、事の成り行きを見守った。

「初対面の人間の名前を、どうして簡単に呼べる。君と私(・)は今が初対面で、それほど親しくもなくて、関わりなんてない。私は下の名前を呼ばれるのが嫌なんだ」
「え、あ、で、でも、っ! いいえ、すみませんでした、一宮さん。配慮に欠けてました」

 ばっさりと、それも冷たい目線をプラスした学園長は、正論中の正論を口にする。
 初対面なのにいきなり名前呼びされた私も全力同意だ。
 しっかし学園長、お仕事モードですね。一人称も、声質も、堅い口調も、優子さんの時とは全く違う。
 途中まで縋り付こうとしていた姫島さんは、急に何を思い出したように一度口を閉ざした、かと思えば急に話し始めた。
 いきなりいかにも真面目です風の敬語で。

 まえまえから姫島さんはどう足掻いても演技ができないタイプ、だと思っていた。姫島さんに付き纏われた1っか月を思い出す。
 なぜか普通の男子にはうまくできてたのに、こういった美形の前になると、明らかに作ったものになる。しかもそれが下手なんだ。ど下手なんだ。
 目とか、声質とか、不格好な笑顔とか、ごめん正直いっていい? もっと演技力磨いてきてください。
 社会人になったら苦労するだろうなー。主に処世術の基本・笑顔で。
 胡散臭そうな学園長と御子紫くんは、早く出てけとでも言いたげな顔だ。
 犬になっても他人の表情を見る癖が抜けないし、あと口を見るクセも。だからなんとなく言ってることも、思ってることもわかってくる。
 だって仕方ない。癖だから。今更直す気にもならないし、役に立ってるからね。
 復讐の件でもいろいろと、本当にいろいろと役に立ってる。対人間用だけど。さすがに獣には通じない。

 視界の端にうつる、冷や汗をかいた姫島さん。でもその目だけは優子さんに向かって敵意を示してるんだから、ある意味器用だ。

「本題に入るが、さっさとここから出てくれないか」
「え、なんで、ですか」
「なぜ、か? 理由などひとつしかないだろう。ここの主である白狼が、出ていけと言っているんだ」
「なっ」

 姫島さんは大きく目を見開いた。
 そしてそのままその視線を白狼父(おとうさん)に向ける。向けられた当の本人は、すぐにぷいっとそっぽを向いた。

「でていけ、ってどういうことですか!」
「そのままの意味だ。この学園は治外法権に等しい。この学園の、特に彼らの縄張り(・・・・・・)は聖域だ。高い知能を持つ彼らは人語を理解できる。できるからこそ、彼らの縄張りでは彼らが法なんだ。認められなかったのなら、君がここにいる資格はない」
「みとめませんっ! どうしてあたしがでていかなきゃいけないんですか!?」
「何度も言わせないでくれ。白狼は君を認めなかった。どうしてもここにいたい、というのなら、この白狼の餌になるか?」

 グルル、と喉を鳴らした白狼父(おとうさん)の毛並みを学園長が撫でる。
 世界で一番大きいと言われているアイリッシュ・ウルフ・ハウンドよりも大きな個体、それが白狼父(おとうさん)だ。
 ふっさふさの毛並みに、どうやったら汚れがつぐんだろうか、と悩むほどの真っ白さ。濃い灰青色の深みのある目。人間だったらイケメン間違いなしの風格。
 そんな我が父はかなり威圧感がある。脅しのためなのか、間違いなくそうだろうけど、ちらりと見える鋭い八重歯は恐怖だ。
 御子紫くんが怖気づいたような情けない声を上げた。まったく、これくらいでビビんな不良系イケメン。
 姫島さんも一歩後ろに下がった。それでも可愛い系キャラはやめないらしく、最初の震え以上にぷるぷる震えてる。ごめん、ぷるぷるしすぎて逆に怖い。
 ちゃんとみてー。姫島さんみてー。御子紫くん引いてるから。確実に引いてるから。あと自分の腰の動き見て! くねってるくねってる!

「ガウっ!」
「きゃあっ! ひっ」
「行け」

 苛立ったように鳴いた白狼父(おとうさん)に流石に今度は怖くなったのか、学園長の声で一目散に走り出した。
 あ、転んだ。パンツの色、紫のレースだー。わお、せくすぃー。
 ふん、と鼻を鳴らして誇らしげな表情をしている学園長と白狼父(おとうさん)が何故か笑えた。
 結局私は何もできなかったから、思いついた復讐は今晩実行かな。
 まあ、こうして素に近いところを見せて、さらには自分が敵視している優子さんの方に自分が狙っているイケメンが味方について、追い出されて、かなり不幸だっただろうけど。
 でもこれじゃあ、まだまだ満足いかないね。
 ……獲物って、狩れて自分に懐いた後に離れたら、かなり屈辱だよね。




「ふぅ。しかし、日向に御子紫。今更だがお前たち授業は?」
「「あ」」

 姫島さんが見えなくなって、白狼父(おとうさん)もかえったころ、学園長は唐突にそう告げた。
 ちなみにだけど、父のほうは私をひと舐めしてからいきました。汁液でべっとりです。
 それは優子さんが拭いてくれたので問題はないんだけど、学園長の言葉にしまった、という顔をした二人。
 そりゃそうだ。結局2時間サボることになったもんなぁ。
 そして学園長も教育者だからね。流石にサボりは見過ごせないかー。
 二人はあとからこってり絞られることが決定して、後日サボった分の補習をすることになったそうな。
 芝生でごろごろしながら、明確な復讐方法を考えていく。
 ああ、明日が楽しみだ。






 ――― 翌日。

 「きゃあぁあああ!!」

 夜も優子さんの家で寝ていた私は、優子さんが先に食堂で食べている間部屋の中で待つことになっていた。
 優子さんも戻ってきて、いつもの中庭となりの縄張りまで一緒にいった。
 寮からその場所まで約10分の距離だけど、その悲鳴ははっきりと聞こえた。

 風の噂によると、ある角から二番目の女子生徒の部屋が汁液まみれになっていたとか。
 その女生徒のベッドや鞄、衣類に至るすべてが汁液まみれだったらし。特に念入りに携帯がなめられていたとか。
 しかもその女生徒の自慢の髪まで汁液でべったべたで、ヒステリックを起こしたそうな。
 いやー、たぶんお風呂も汁液まみれなんだろうなー。特にシャワーの水出口のところとかとくに。
 まあ全部、風の噂なんだけどね。
 そういえば、その日1日は姫島さんを見かけることは一回もなかったな。
 あーあ、すっごく喉が渇いたなあ。もうしばらくは酸っぱいものを食べるのやめよう。

 その日の私の毛並みの艶が良かったことは、まあ言うまでもない。

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