Reversi小説 | ナノ



6-3

「……一旦引こうか」
「それは悪手だ。見た限りアイツらの目的はおそらく時間稼ぎ。お前らが空中から魔女どもを引きずり降ろせ。俺が動きを止めるから、そこで仕留める」

 魔女たちはあれだけの兵たちを使い捨てておきながら、顔からにじみ出るふざけたような余裕感は全くかすんでいない。あの程度は魔女にとってみれば取るに足りない魔力だったのだろうか。たしかに魔女というのは得体が知れないとヒカルはやっと相手に警戒心を抱いた。

 現状、ケントの案に乗ってみるしかない。そう思考したヒカルが意思表示するより早く、後方から聞きなれた声が飛んできた。

「じゃあ次はおれから行きます!」

 マロンが魔女たちに向き直り、氷漬けのぬいぐるみを階段のように軽やかに登る。頭上に到達すると思いきり踏み込み、跳躍。ここまでは先ほどのヒカルとほぼ同じだが、高さは魔女までほど遠い。

「《光の刃》!」

 声と共に、マロンが握る剣から魔力で作られた刃が飛ぶ。メイとアンはそれをやすやすとかわすが、二人の後方からヒカルの剣が振り下ろされる。メイがとっさに体をひねるが、数瞬遅れた。メイの右腕から鮮血があふれる。

「さすがおししょーさま!」
「いや、落とせなかった」

 マロンの明るい声に、ヒカルは苦い顔を返す。せっかくマロンがうまく引き付けてくれたのに、決定打を打ち込むことができなかった。もう同じ手で二度目はない。

 次の手を考えていると、ヒカルの背がぞくりと冷えた。その感覚はまるで、血液が凍るような──……

「《アブソリュート・ゼロ》」

 口を開いたのは地上にいたケントだ。その声に呼応して、メイから流れ出た血液が空中で踊り出す。それはクモの巣状に広がり、つい数秒前までの宿主、メイの身体を包み込んだ。それはもはや液体ではなく、血液でできた氷の檻だった。

「……きれぇいハート

 うっとりとした瞳で、メイは自分の血液で作られた檻を内側から撫でた。これでメイの動きは一時的に封じられた。ヒカルは瞬時に双子の片割れ、アンに狙いを定める。

 先ほどの攻撃から察するに、吸収魔法の発動条件はおそらく相手の体に触れること。ヒカルは剣から放出した魔力を素早く縄状にし、アンを付近の樹幹に固定した。ただの魔法であれば、全てにおいて上の能力を持つ魔女には勝てない。ケントの技も間もなく解除されてしまうだろう。

 だが、ただひとつ、これだけは。ヒカルは《アマテラス》の全体にいきわたるように自分の魔力をふんだんに練り込み、その切先を魔女の喉元に定める。ヒカルの唯一にして最大の武器、《光の魔力》。これに素早く抵抗するすべは、いくら魔女でも持ち合わせていないはずだ。

 《光の魔力》は特別な力。ヒカルはこの力で、この世の《闇》を全て消し去ると決めていた。

 目の前の魔女を葬ることにも、躊躇はない。《光》に敵対するならば、こいつらは悪だ。滅ぼすべき、いや滅ぼさなければならない存在だ。

「ねぇ、ごめんなさぁい。もう嫌なことしないから、許して?★」

 上目づかいで懇願するアンに、ヒカルは眉間のシワを深くすることで応えた。魔女はたしかに厄介ではあるが、絶対に勝てないと悲観するような相手でもない。彼女たちが連携を得意とする双子だったため多少手こずったが、一人ずつであれば本来なんの問題もない。アンをしとめたあとに、片割れのメイも同じように、確実に倒せばいい。

 そこまで考えて、ヒカルの手が止まった。双子、というワードにほんの少しだけヒカルの心がささくれ立つ。最後にひとつ、聞いておきたいことがあった。

「……お前にとって、片割れ、メイって何?」

 ヒカルの唐突な問いに、アンは驚くでもなく笑みを浮かべた。それは彼女と出会ってからヒカルが見た中で一番少女らしい、幼い笑顔だった。

「質問の意味がわからなぁい★ だってアンはメイだし、メイはアンだもの。二人そろって初めて、一輪のバラなんだもの★」

 ヒカルは再び苦い顔をアンに向ける。意味がわからないのはこっちだ。脳みそにバラ咲いてんのかコイツ。

 ヒカルが心の中で毒づいたのが聞こえていたかのように、アンはくすくすと可笑しそうに笑った。ヒカルはその笑い声を止めたくて、さらに質問を重ねる。

「……じゃあ、もしも。どっちか片方だけが死んだらどうする?」

 呆けた表情で固まるアン。彼女の瞳に一瞬、鮮やかな水色の星が瞬く。その光は、彼女が口を開くと同時に消えた。

「その時はもう片方も死ぬよ。意味ないもん」

 迷いのないまっすぐな声色で、アンは言い切った。ヒカルはその答えを聞いて、安心している自分に気づく。ヒカルが聞きたかった『答え』はそこだった。剣を握る手に再び力を込める。

「……うん。やっぱり、そっちの方が楽だよね」

 諦めと安堵の混じった声をぽつりと落とし、ヒカルは剣先に溜めた魔力を払うように素早く剣を振った。

 剣先から凝縮した光が放たれる。まっすぐに、相手の息の根を止めるためだけに。ヒカルはこの双子の魔女たちに対して、個人的な恨みは一切ない。けれど闇の魔力を使おうとする奴らとは、ヒカルは分かり合えない。ヒカルは《光》でなければならない。《闇》とは決して相容れることのない、純粋な《光》であらねばならなかった。

 強さは正しさだ。勝った方が正しい。ヒカルは常々そう思っていた。負けた者には何も残らない。《闇》がすべてを呑み込もうと強大な力で襲ってくるなら、ヒカルはそれを音もなく消し去る圧倒的な《光》でありたいと強く願った。

 ヒカルが放った魔力はその常識外れの濃度により、触れずとも肌がしびれる。実体のない刃がアンに近付き、その身を灼こうとした。

 しかし、それはかなわなかった。

 刃の軌道は、不自然に左へとずれた。アンは直撃をまぬがれ、魔力のまとう によって左半身から出血するのみとなった。額、頬、二の腕、太もも、光の魔力が放つ圧倒的なプレッシャーに耐え切れなかった皮膚と血管が、安心して気が抜けたように次々と裂け始める。

「うわぁ、コレはすごい。こんなものまともに受けてたら、跡形もなく消し飛んでいたかもしれないですねェ……」

 初めのうちは冗談まじりに、後半は少しまじめにショウタがこぼした。彼は剣を持つ手を変え、ふるふると右手を振った。攻撃の軌道を間一髪でずらしたのはどうやら彼らしい。ゆれる白い手袋を、ヒカルは忌々しさを隠すことなくにらむ。

 ずっと隠れて見てはいたのだろうから、ショウタが仲間のピンチを助けに来るのはヒカルにも予想はできた。だからこそ、今の攻撃はヒカルとしてもそこそこの力を込めていた。完全に防げなかったとしても、あれを動かせるなんて相手も相当な実力者だ。ヒカルは改めて気を引き締める。

 そんなヒカルの様子を見て、ショウタは口の右端だけを上げて不器用に笑顔を作った。

「あ、ヤダなぁ。そんなにコワい顔しないで下さいよ。僕これでも感謝してるんですよォ」

 ショウタがアンの左頬を愛おしそうに撫でる。汚れひとつついていなかった手袋に、赤黒い血液が染み込んでいく。

「……久しぶりに見たなァ、アンの血。とってもキレイだ」

 こいつも変態だ。

 ヒカルは脳内でそう断言し、再び魔力を練り始めた。どいつもこいつも気持ち悪い。マトモな奴はいないのか。

 ヒカルが浅く踏み込みショウタに斬りかかる。ケントは、この男が毒を使うと言っていた。攻撃を受けると面倒だ。

 ショウタは細身の片手剣で器用にヒカルの攻撃を流す。数度剣を交わし合うがお互いの刃が身体に届くことはない。どちらともなく後ろに退き、体勢を整える。ショウタがヒカルを見て不思議そうな、納得のいかない表情を浮かべていた。

「《光の刃》!」

 マロンの声が割り込み、ショウタの背後から魔力でできた刃が飛ぶ。ショウタは咄嗟に避けるが、かすった頬から一筋の血が流れた。すかさずヒカルが近づき剣を振る。ショウタは剣身で受けるが、角度が悪かった。ヒカルの攻撃を正面からまともに受けた細身の剣は衝撃に耐え切れず折れた。

 感嘆の声をあげるマロンを横目に、ショウタは二人から距離をとった。

「なるほど。……ひとつわかったコトがあります」
「光の剣士の実力はすごいってことだろ?」

 折れた剣先を見つめて呟くショウタに、声を返したのはマロンだった。自慢気な幼い少年を、ショウタが一瞥する。

「さっきからいちいち主張の強いキミは? 弟さん?」
「おれは光の剣士の弟子、マロンだ!」

 眉根を寄せて、ショウタは考えるそぶりを見せた。ヒカルはその様子に、なぜか足元がざわつくのを感じた。言い知れぬ不安を抱く。この男は今、何を考えている?

「『光の剣士』……というのは、ヒヤマ=コウイチくんのことで合ってますか?」
「当たり前だろ!」

 ショウタの問いかけにマロンが噛みつく。

「キミがその光の剣士に弟子入りしたのって、いつです?」
「なんでそんなこと……」
「光の剣士がアカデミーを卒業したあとじゃないですか?」

 足元から登ってきた不安は、ヒカルの腹まで込み上がってきた。「アカデミー」という単語で、ヒカルの脳がスッと冷える。そういえばあのショウタという男、アカデミーの剣士バッジを身につけているではないか。嫌な予感は、あの男が口を開くごとに色濃く、どす黒くなっていく。

 ヒカルは剣を構えた。これ以上この男に喋らせてはいけない。終わらせたい。早くこの場から離れたい。

 踏み込みもそこそこに、ヒカルは剣身をショウタに向け走った。剣に込めた魔力が少しブレる。魔具での攻撃に筋力は必要ないとわかっているのに、無意識に痛いほど剣を握りしめていた。

「《ジェム・バンビーナハート》」

 甘い香りが鼻に届いた。ヒカルの眼に映ったのは、毒々しいビビットピンクの大きなバラの花。人間の頭ほどもある不気味なバラは、外側から一枚ずつ花びらを散らしていく。最後の一枚ががくから離れた瞬間、花びらたちは一斉にぎらりと輝きを放ちヒカルに向かってきた。ヒカルは広範囲に素早く剣を振り、自分に届く前にすべての花びらを地に落とした。花びらは一枚一枚が鋭利な刃のようになっており、地面に突き刺さっているものもあった。

 攻撃をしかけてきたのはメイ、桃色頭の方だろう。魔女が相手だ、ケントの魔法で作った檻が解除されていてもおかしくはない。

 ヒカルが顔を上げると、ショウタがくつくつと不愉快な笑みを向けていた。

「あァ、ありがとうメイ。おかげで確信しました」

 光の宿らないショウタの眼が、まっすぐにヒカルを射抜く。



「あなた、ヒヤマ=コウイチじゃないですね?」




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