2-3
夜は明け、早朝五時。ミチルにたたき起こされ支度を終えた光一は、城の出入り口でケント、ニーナと合流した。
「じゃあ、気をつけて。この時間だからドラゴンは出ないと思うけど、なるべく大きな道を通るようにね。明日の夜までに戻ってきてくれればいいから、ゆっくり行っておいで」
ミチルに見送られ、まだ薄暗い空の下三人は城をあとにした。
外は光一が想像していたより普通の景色で、広めの道が一本続いている周りに草花が生えている程度だった。見た感じあまりファンタジーな要素は見当たらない。
ひとつ気になることがあるとするならば、現実世界は十二月という真冬だったというのにこの世界には季節感というものが感じられない。気温は程よく、湿気も多すぎず心地良い。植物は青々としているが、例えるなら春が一番近いだろう。
光一はこみ上げてきた眠気を抑えることなく、あくびをしながらぼやいた。
「なんやねん、フツ―に歩いて行くんかい。こう、一瞬で移動できる魔法とかあれへんの?」
光一の問いかけに、隣を歩くニーナが素早く答えた。
「移動魔法もあるけど、こういう特別なお城の近くや王都では使えないよ。不審者が入れないように結界が張ってあるからね」
「はぁ、なるほどなー」
光一はちらりとケントを見た。彼は会話に入ってくるつもりがないらしく、スタスタと早足で前を歩いている。態度が悪いのは出会ってからずっとだが、ニーナが来てから特に様子がおかしいように感じる。
「なァ、ケントとニーナって知り合いなん?」
光一がなにげなく言ったひとことだったが、その瞬間空気が凍り付いた。ケントは足を止めて固まってしまうし、ニーナも目を見開いたままひきつった表情で停止した。
「……別に。なんでもねーよ」
ケントがぼそりと呟き、ニーナもごまかすように光一に苦笑いを向けた。
「あー、まぁ、幼なじみ……かな。久しぶりにあったけど」
彼女の言葉も歯切れが悪い。やはりワケありらしいが、光一もそれ以上は聞かなかった。
ケントが賢斗のリバーシなのだとしたら、聞きたいこともいくつかあった。しかしこの状況では答えてくれそうもないので、光一は隣にいるニーナに聞いてみることにした。
「お前らリバーシって、オレらのこと……オレらの世界のことは知っとるんか?」
光一のいた世界では、リバーシのことはもちろん《別の世界》があることすら知られていなかった。しかしこの世界の住人は、光一が「違う世界から来た《光の剣士》のリバーシだ」と言ってもすんなり受け入れている。始めはミチルやイリアが特別なのかと光一は思ったが、ケントやニーナも特に驚いている様子はない。
ニーナはパッと笑顔になった。
「もっちろん! だって鏡界が理想を映し出す《鏡の世界》で、光一のいたところが理想を作り出す《現実の世界》だもん。アタシたちは虚像……というか、自分の本体がいてこその存在なんだよ」
「ふーん……オレの他にも鏡界に来る人間ておるの?」
「それはいないよ。ひとつの世界に同じ人間が二人いることになっちゃうから、世界のバランスが崩れるってアタシのおじいちゃんは言ってた。管理人様の城内は世界の狭間だから特別みたいだけどね」
ニーナはスラスラと質問に答えてくれるので、光一は感心しながら聞いた。
「なるほどなー。……アレ、オレ今城から出とるけどええんかな」
「そういえばそうだね……。で、でもイリア様の命令なんだから大丈夫なんだよ、きっと!」
それもそうだ、と光一は思った。この世界の仕組みは分からないが、問題があるならわざわざ自分を行かせないだろう。
「リバーシかぁ。オレのリバーシってどんな奴なんやろ」
光一がつぶやくと、今度はケントが振り向いた。
「ハッ、アイツは《光の剣士》なんて名ばかりの、ただのヘタレだ」
「ちょっと、口を開いたかと思えば嫌味? ほんっと感じ悪いよね」
「俺は本当のことを言っているだけだ。何か文句があるのか?」
ケントの言葉にすかさずニーナが反応し、険悪な雰囲気が漂う。光一は話題を変えようと、慌てて口を挟んだ。
「そういやニーナのリバーシってどんな奴なん?」
「へ、アタシの? うーんとね、ちょっと引っ込み思案なところがあるけど、優しくて強い子だよ。すごくいい子!」
ニーナは簡単に話題に乗ってくれた。ケントは話に入ってくる気がないのか、フン、と鼻を鳴らすと前に向き直ってしまった。
その後はニーナが次々と話をしてくれたので、光一は時々相槌を打ちながら聞き役に徹していた。
ニーナは《ドラゴン使い》という一族らしく、契約を結んだドラゴンに自分の魔力を分け与え、好きな時に呼び出せるのだそうだ。ドラゴンに乗って移動したりたくさんの荷物を運んだり、中には大道芸を覚えてショーをするものもいるという。ドラゴンは凶暴なものだとばかり思っていた光一は、共存できる文化もあることに驚いた。
特にニーナは族長の一人娘で、自分の一族に誇りを持っているらしい。キラキラした瞳で《ドラゴン使い》について教えてくれた。おかげで目的地に着くまでには、光一もすっかり《ドラゴン使い》について詳しくなっていた。
小一時間ほど歩いたころ、三人は大きな門の前にたどり着いた。光一が門を見ると、そこには見たことのない記号が連なっていた。それがおそらくここで使われている「文字」なのだろうと思ったが、それが異世界の文字なのか、それとも光一が知らないただの外国語なのかは分からなかった。
閉じた門の前で立ち止まっていると、左右から一人ずつ兵士が現れた。どうやら護衛役らしい。二人はケントの顔を見るや否や深々と一礼し、門の扉を開け敬礼のポーズで道を開けてくれた。
門をくぐった瞬間、光一の目に飛び込んできたのは見たこともないほど大きな噴水だった。目的地であるこの《グラス・ミロワール》という街は鏡界の中心都であり、様々な地域から人が集まる観光地でもあると、出発する前にミチルが教えてくれた。辺りにはずらりと色とりどりの商店街が立ち並び、どこもかしこも人で賑わっている。
光一がグラスの光景に目を奪われていると、ケントが後ろから小突いてきた。
「おい、ボーッとしてたらはぐれるぞ。城はこっちだ」
たしかに、この人混みでは少し目を離しただけではぐれてしまいそうだ。光一は言われるがまま、行き交う人々の波に押し流されないようケントについて行った。先ほどまで明るく話してくれていたニーナは、街に入るなり口を閉じたままだった。
「おい、こっちだ」
賑やかな商店街を抜けると、先ほどとは打って変わって静かな雰囲気が辺りを包む。ケントに引っ張られ、光一は近くの大きな木に身を隠した。ニーナもそれに続き辺りを注意深く見回す。
光一が少しだけ顔を出すと、大きな城が見えた。どうやら、この辺りからケントが住んでいる城の敷地内らしい。上へ目を向けると、城はどこまでも高く続いているように見えた。明らかにイリアのいた城よりも大きい。
白を貴重としたレンガ造りの外壁を、ちろちろと透明な水がうすく流れ覆っている。城自体は涼し気な外観だが、目線を下へ戻すと暑苦しいほど厳つい顔の警備員が数名、槍を片手に警戒をはらっていた。
出発する前に聞いた話だと、ケントがイリアの元にいたことは城の人間には一切知られていないらしい。バレると後々面倒なので、ここを誰にも見付かることなく城内に入らなければならない。
光一が顔をしかめ、隣で姿勢を低くしているケントに耳打ちする。
「これホンマにいけるん?」
「ふん、大丈夫だ。ここは俺の城なんだからな。昔からこの警備の目を何度くぐり抜けて来たと思っている」
得意げに吐き捨てたケントは、真剣な表情で警備のスキをうかがっていた。その目はわずかに輝いていて、光一は新しいイタズラを思いついた時の賢斗を思い出した。
数秒後、「今だ!」というケントの合図に合わせて三人は木陰から飛び出した。警備に見つかることなく城の側壁に隠れると、ケントがふぅ、と息を吐いた。
「ここまで来れば、あとは俺が作った抜け道があるから警備に見つかる心配もない。行くぞ」
[もくじ]
[しおりを挟む]