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「いいか、少しはミチルから聞いたとは思うが、《魔力》には属性がある。基本とされる火、水、地、風の四属性と、その上にそれぞれ上級属性が存在する。お前らを襲ったドラゴンは《氷属性》、水属性の上級魔力だ。……しかしな、上級魔力なんてのは発生する条件が複雑な上に、発生したとしてもすぐに自然消滅してしまうようなデリケートな 代物 しろもの だ」

 光一は科学の授業を聞いているような気分になり身構える。頭の中で整理しようとしばらく黙っていたが、やがて諦めたように簡潔な答えを求めた。

「えっと……つまり?」
「つまり、裏で操る人間でもいない限り氷属性のドラゴンが人を襲うことはおろか、そもそも現れること自体が不自然だということだ」
「な、なるほど……?」
「光一、お前さてはアホだな? とにかく魔力には普通のものと上級のものがあり、お前らを襲ったのは上級魔力のドラゴンだった。めずらしいドラゴンがわざわざ人を襲うなんて、誰かが指示したに違いない、ということだ」

 ダメ押しのようなイリアの説明に、やっと光一は納得の声を上げた。イリアはため息をつく。

「……そうそう、めずらしいといえばお前のリバーシだな」
「オレの、リバーシ?」
「お前のリバーシである《光の剣士》は、魔力の中でも最強といわれる《光属性》の魔力を扱える。鏡界全体でも片手で数えるほどしかいない貴重な存在だ」

 そういえば、と光一は思い出す。鏡界に来る前、ミチルは光一に「光の魔力を持てる素質がある」と言っていた。それはリバーシが《光の剣士》だから、ということなのだろうか。

 しかし自分のリバーシがすごいと言われても、いまいち現実味がなくてピンと来ない。光一は気のない返事をし、頭の後ろで腕を組むと背に体重をかけた。そのはずみで、ソファに立てかけていた剣がずり落ちたらしい。辺りに重い金属音が鳴り響く。

 イリアは耳を押さえながら、思い出したように光一の剣を見た。

「そういえばお前ソレ、なんで具現化させたままなんだ? そんなバカでかいの邪魔だろう」
「具現化……?」

 そう言われ光一は、ミチルとケントがアクセサリーから魔具に変えていたことを思い返した。あの二人は攻撃の瞬間だけ武器を出し、それ以外は身に着けられるようなアクセサリーに変形させていた。光一がちらりとミチルを見やると、ミチルは光一の剣を拾い上げた。

「そうだ、バタバタしていて教えてなかったね。ちょっと持ってて」

 言われた通り、光一は渡された剣を手に持った。ミチルが軽く手を添えると、剣は現れた時のようにまばゆい光に包まれる。その光はたちまち形を変え、大剣だったものは小さな光の塊になった。やがて光が弱まり、シャラン、という軽い音と共に、光一の手のひらにシンプルなゴールドのネックレスが乗せられた。

 光一は目の前で起こった現象に感嘆の声を上げる。

「おぉぉーっ! なんやコレ、めっちゃかっこええやん!」
「これで移動の時も邪魔にならないだろう。戦う時は魔力を込めればまた剣に戻るから」

 笑顔で教えてくれるミチルに、またえらい抽象的な説明やなぁと光一はこぼす。しかしネックレス自体は気に入ったため、意気揚々とそれを首にかけた。隣で見ていたケントが鼻を鳴らす。

「フン、本当に大丈夫なのかコイツ。さっきからバカ丸出しだが……あっちの世界がどんななのかは知らないが、鏡界でそんな様子じゃすぐ死んじまうだろうなぁ」
「なんやお前さっきからいちいちつっかかるなぁ。ケンカなら買うで、王子」

 睨み合う光一とケントを見て、イリアは楽しげな笑い声をあげた。

「おや、随分と仲が良さそうだな。貴様らにはこれから少しの間行動を共にしてもらうのだが、この分なら心配なさそうだな」
「はァッ!?」
「おいおい俺様がこのバカ剣士と? 冗談っすよね」

 言い合いをしていた二人が、お互いの顔を見てげんなりした表情になる。初対面から斧を投げつけてくるような奴と仲良くなんてやれるはずがない、と光一は不満の色を濃くさせた。

 しかし次のイリアの言葉で、二人は表情を引き締める。

「今別室で眠っている氷森賢斗だが、先ほど様子を見てきた。外傷自体は数日で完治するだろう。……だが」

 ピッとイリアが人差し指を立てた。光一もケントも、その指先を見つめ黙って次の言葉を待つ。

「問題なのは傷に込められた魔力だ。闇の魔力が強く残留していて、重度の魔傷を引き起こしている。このままでは体が目覚める前に闇の魔力に呑まれてしまうだろう。しかし生憎ここは病院でもなんでもない、魔傷の治療に必要な素材がそろっていないんだ」

 光一はイリアの意図を理解すると、拳を握りソファから勢い良く立ち上がった。

「わかった、それをオレらが取ってくればええんやな?」
「まぁ落ち着け、焦る気持ちも分かるが、今日は既に日が落ちている。ドラゴンに襲われたら面倒だからな、出発は明日の朝だ。……で、必要な素材だが」

 すぐにでも行く気だった光一は分かりやすく肩を落とし、握りしめた拳を下ろした。イリアはケントに向き直る。

「グラスの城には、たしか光属性のドラゴンがいたよな?」
「え? あぁ、護衛用に飼ってるやつ?」

 ケントの、それがどうした、という怪訝な表情は、次の瞬間驚愕に変わった。

「そいつの鱗をとってこい」
「はぁ、鱗ね……ってえぇぇぇぇぇ!?」

 突如血相を変えたケントを、今度は光一が不思議そうな顔で見た。ケントは大袈裟なほどぶんぶんと頭を横に振り、口の端をひくつかせた。

「無理に決まってんだろ! 戦闘用に育てられたドラゴンだぞ、俺らに扱えるようなもんじゃ……」
「リバーシである氷森賢斗が死ねば、お前も死ぬんだぞ?」
「……正気かよ」

 有無を言わせぬイリアの物言いに、ケントは絶句した。どうやら要求されたのはかなり入手難易度の高いアイテムらしい。反応を楽しんでいるのか、イリアは何度目かの笑みを浮かべた。

「なに、さすがに私も鬼じゃない。ちゃんとドラゴンの扱いに詳しい人物も呼んでおいたから安心しろ。ドラゴン便が届いていれば、もうじき着く頃だが……」

 それを聞き光一は、先に言えやと呆れ混じりに安堵する。ケントと二人で行動するなど不安要素しか見当たらない。間にもう一人、しかもドラゴンの扱いに長けている人物が入ってくれるなら安心だ。

 しかし、隣で固まっていたケントはますます表情を曇らせた。心なしか、冷や汗をかいているようにも見える。

「お、おい……それってまさか……」

 ケントが震える声を発したのと同時に、扉の向こうからドタドタと激しい足音が聞こえてきた。それは段々と近付いてくるようで、扉の目の前まで来るとぴたりと止まった。ケントは何故か顔面蒼白で、光一とソファーの間に身を隠すように素早く縮こまった。

 一体どうしたのかと光一が声をかけようとした瞬間、大広間の扉は勢い良く開け放たれた。

「どうもこんばんはー! ドラゴン使いのニーナちゃん、イリア様の めい を受けてただいま参りましたー!」

 明るい声と共に扉を突き破らん勢いで入ってきたのは、意外にも小柄な少女だった。健康的な褐色肌に白みががったブロンドの髪、黄金に輝く瞳と、異民族を思わせるような目立つ見た目をしていた。

 唖然と立ち尽くす光一をよそに、イリアは長い髪を揺らし颯爽と立ち上がった。

「早かったな、ご苦労。では明朝はこの三人でよろしく頼むぞ。ミチル、泊まるスペースを用意してやれ」
「はっ!」

 イリアは敬礼するミチルを背に、カツカツと小気味いいヒールの音を響かせて大広間から出て行った。ニーナは あご に人差し指を当て、目をぱちくりさせながら首をかしげる。

「ありゃ、三人? 《光の剣士》様のリバーシがいるとは聞いてきたけど……」

 光一がちらりと目線を下に向けると、つい数分前まで高圧的な態度をとっていた少年がまるで小動物のように怯え震える姿があった。

「お前、意外とええリアクションすんなぁ……」

 少しだけ仲良くなれそうだと思った光一は、指をさしてバカにしたい気持ちを抑え、ややしばらくその様子を見守っていた。

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