Reversi小説 | ナノ



2-4

 ケントが壁周りに茂る草をかき分け、一枚だけ不自然に飛び出ているレンガを足で軽く叩いた。コツン、という軽い音と共に、壁の周りを囲むように流れていた水が一部分だけ途切れた。続いてその部分のレンガが音もなく左右にずれていき、最終的に人一人通れるほどの穴が出現した。

 一連の出来事に光一は目を輝かせ、ニーナは呆れたような顔で後ろに立っていた。

「うぉぉ、秘密基地みたいやな!」
「……ほんと昔から、こういうイタズラめいた仕掛け作るの得意だよね、王子って」

 二人に言葉を返すことなく、ケントは穴の中に入った。そのあとに続き二人も穴をくぐる。最後のニーナが完全に中へ入ったのを確認すると、ケントは先ほどのレンガを今度は中から蹴った。再び音もなくレンガが動き穴が閉じていくのを、光一はキラキラした目で眺めていた。

 中に入るとそこは丁度階段の途中だった。薄暗い通路で、ランプが等間隔に青白く光っている。ケントが階段を降り始めたので、光一とニーナもそれに続いた。どうやら地下に向かうらしい。

 階段はすぐに終わり、鉄の扉が目の前に現れた。 さび 付いた表面からは物々しい雰囲気が漂っていて、扉についている窓を覗いても、暗闇以外は何も見えなかった。地下だからか、独特なカビのような匂いが鼻につく。

 扉の前で立ち止まるケントに、ニーナが冷たい声をぶつけた。

「ねぇ、まさかとは思うけど、こんなところにドラゴン繋いでるの?」

 ケントは返事をしない。ニーナは肯定と受け取ったようだ。

「……信じられない、だから城の人って嫌いなんだよ。もういい、あとはアタシがやるから」

 言うなりニーナは鉄の扉を開け、ずかずかと奥へ進んで行ってしまった。ケントがため息をつき、遅れて扉の中へ入る。光一は何も言えず、ただ後ろに付いていくしか出来なかった。

 中は石造りの壁で覆われていて、やはり暗かった。ところどころに設置されている電灯はほとんどが切れかけていて、チカチカと目障りな点灯を繰り返していた。心なしか、辺りの気温も数度下がったように感じる。たしかにこんな場所に生き物を繋いでいるとしたら、少し非情かもしれないと光一も納得した。

 進んで行くと、壁が鉄格子に変わった。鉄格子の中はあかりが灯っているのか、ぼんやりと中の様子が伺えた。そして、その中に白い大きな生き物がいるのを見つけた瞬間、地響きのような雄叫びが辺りに響いた。

 光一の肩がびくりと跳ね、さらに視線を鉄格子の中に集中させる。少し先で、鉄格子に手をかけるニーナと白いドラゴンが見つめ合っているのが見えた。ドラゴンは低い唸り声を上げ、今にもニーナに飛びかかりそうな勢いだ。

 よく見ると鉄格子の中にあかりがあったのではなく、繋がれているドラゴン自身が輝きを放っていたようだ。おそらくこれが、目的である光属性のドラゴンなのだろう。光る鱗をまとうドラゴンは、血走った目でニーナを睨みつけている。光一はサッと顔色を変えニーナに近付こうとするが、ケントがそれを右手で制した。思わず光一が怒鳴り声を上げる。

「オイ、危ないやろアレ!」
「余計なことすんな、大丈夫だ」

 ドラゴンはますます激しい声を轟かせると、ジャラジャラと重そうな鎖を引きずりゆっくりとニーナに近寄る。ニーナはその咆哮に怯むことなく、悲しげな瞳をドラゴンに向け鉄格子の隙間から手を伸ばした。

 襲いかかろうとしたドラゴンが、口を開きニーナの手めがけて飛び込んだ。光一は息を止め、ケントの右手を押しのけ駆け寄った。

「おい、ニーナ!」
「よしよし、いい子」

 光一は、ニーナの穏やかな声を聞き立ち止まる。おそるおそるドラゴンの方を向くと、ドラゴンはニーナに触れる直前でピタリと動きを止めていた。光一は何が起こったのか理解出来ず、口を開いたまま静止するドラゴンと一切微動だにしないニーナを交互に見た。するとうしろから、全く驚いていない様子のケントの声が聞こえた。

「……さっき聞いたろ、そいつは《ドラゴン使い》なんだ」

 あれほど たけ っていたドラゴンはゆっくりと口を閉じ、落ち着きを取り戻した目でニーナを見つめ返した。やがてそっと、差し出されたニーナの手に自らの額を擦り付けるような仕草を見せる。ニーナがふわりと微笑み、ドラゴンの顎の下を優しく撫でた。

「怖かったね、大丈夫だよ」

 ドラゴンに手を舐められくすぐったがるニーナを、光一は唖然と眺めていた。

「ごめんね、一枚だけ分けてね」

 そう言うとニーナは慣れた手つきでドラゴンの背中から鱗を一枚抜き取った。ドラゴンは大人しく尻尾を振り、ニーナに従っている。ニーナがそのままドラゴンの頭を撫でていると、光一が賞賛の声を上げた。

「《ドラゴン使い》って……すごいんやなー!」

 ニーナは照れ笑いを浮かべ、そっと鉄格子から手を離した。

「この子は一応人間に慣れてたからね、意志の疎通がしやすかっただけだよ。みんながみんな言うこと聞いてくれる訳じゃないもん」

「ドラゴンと会話できるってことか? めっちゃかっこええやん! ……てかオレ来た意味あったん?」

 光一は関心してドラゴンを見返す。その後、後ろで押し黙っていたケントに声をかけた。

「んで、これからどーする? このまままっすぐイリアんとこ戻るか?」

 ケントは腕を組み何かを考えていたが、やがて顔を上げ口を開いた。

「いや……俺は一度父上のところに行かなきゃならない。おそらく今後、数日間は管理人の城に滞在することになるだろう。その辺りを上手く誤魔化しておかないと」

 ニーナはそれを聞くと、光一の腕を引き、来た道を足早に引き返し始めた。

「じゃーアタシ達はグラスの観光してよ、光一! 城下町案内してあげるね!」
「え、ちょ……」
「じゃ、日が沈む前に西の広場で待ってるから。話が終わったら来てね」

 ケントの顔を見ることなくそう言い捨てて、ニーナはスタスタと出口に向かう。ニーナに なか ば引きずられるように光一もついていくが、焦った様子でケントに向かって叫んだ。

「オイ、絶対来いよ!? オレ待ち合わせすんの軽くトラウマやからな! 絶対来いよ!?」

 念を押すような光一の言葉に、ケントは呆れた顔で「なんの話だ」とぼやく。そのまま光一は、ずるずるとニーナに引っ張られ鉄の扉から出て行った。

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