03
「三成くん、おはよう。」

 家康を引き連れて階下に降りると、キッチンの、いつもならば母が立っているあたりに兄が立っていた。「朝ご飯出来てるよ。」と。朝から柔和な笑みを絶やさない兄を、私はなかなか兄とは呼べないときがあるのだが、それはまた別の夢の話である。緩やかにうねる白髪や、青白いほどの肌に、何故ならとても見覚えがあるのだった。

「家康くん、朝ご飯食べていくかい?」
「食べたい! ……い、いいのか?」
「もちろんいいとも。」
「やった、ありがとう半兵衛殿!」

 無邪気にはしゃぎながらダイニングテーブルに腰掛けた家康を見届け、洗顔のため一度リビングを離れながら、同じ場面ばかりを繰り返す夢のことを思い出す。あれを見るのは、随分と久しぶりのことだった。――あれが、自分にとってどういうものなのか、正直のところよく分かっていないのだ。
 8年だ。
 8年幸福に生きてきた自分は、思い出したことで一度殺されたとはいえ、未だ息づいている。断片的にしか思い出さない記憶のおかげで、辛うじて生き残っている。それはずっとずっと前の憎悪に塗れた私とは乖離した私だ。その2つの間で彷徨う意識が、今こうしている私とでも言えばいいのか、つまりはひどく中途半端なのだった。
 鏡に映った私は、確かに夢で見た私でもある。血色もいいし、窶れてもいないが、それでもあの顔と同じものが、此処に映っている。――家康も、段々と、かつての私が知る姿に近付いていくのだろう。それだけがここ数年の私の心配だった。



「なあ三成、実はな、ワシ来週授業参観なんだ!」

 ダイニングに戻ると、家康が私を見上げながらにこやかに言った。随分と懐かしい響きだ。小学校の、授業参観。確か半日で帰れた気がするその日付に、もし間に合えば行ってもいいかと尋ねると、家康はその返答を期待していたのだろうと分かる顔をして喜んだ。

「父さんも母さんも、もしかしたら仕事で来れないらしいんだ。だから、すごく嬉しい。」
「あくまで間に合えば、だぞ。」
「きっと大丈夫だ!」
「……そうかそうか。」

 手放しに喜ぶ家康を見て、微笑ましくならないわけがない。私達のやり取りに苦笑していた兄が、皿を持ってきてくれた。ベーコンエッグとパンを前に、3人揃って手を合わせる。
 今は今で、昔は昔だ。其処に何か疑問があるわけではない。私を置き去りにする私が、ただそれだけが、いつもの通り少しばかり恐ろしいだけで。


 


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