04
 かつての見知った人間は、何も家康と、今生では兄である半兵衛様だけではない。むしろ、よくもまあ此処まで揃ったものだと思うほど、私の周りに沢山いる。記憶のあるなしはあれども、だ。

「おっ、よう石田! 家康!」

 家を出て、家康と並んで徒歩で学校に向かう途中、粗暴ながら力強い声に呼び止められた。
 振り返れば無造作に跳ねた白髪と眼帯が特徴的な、少し柄の悪い――主観的に表現するならば今生ではクラスメイトである長曾我部が居た。朝からどうしてそんなに朗らかなのか意味が分からないくらいの笑顔で、駆け寄ってくる。

「元親ー! おはよう!」

 跳ねて喜ぶ家康の頭をぐりぐりと撫で回しながら、長曾我部は今日も小さいなと失礼なことを言ってのける。家康が気にしていることをそうも堂々と。お決まりの流れとして拗ねてみせる家康は、長曾我部の言葉だからと大して気にしていないから、まあいいのかもしれないが。
 3人並んで、高校と小学校で別れる十字路まで歩くのが、殆ど毎日の習慣だ。基本的に家康が、昨日のテレビ番組のことやら最近クラスで流行っていることやらを喋り続けて終わる短い道のりだが、決して退屈ではないので特に文句もない。家康が順当に育っていることが分かる、いい機会だとさえ思っている。

「お前保護者みたいだな。」
「……家康のか?」

 道を別れてから、感慨深げに長曾我部が言った。8歳しか違わないから、どちらかというと兄のような心境だろうと思う。少しばかり複雑な身の上とはいえ、そこは健全な流れとして、年の離れた幼なじみに対して抱く正しい感情だと自負しているのだった。

「まあ、今の家康、昔より大分可愛げがあるしなあ。」
「そこはよく知らんが、あれは少し標準より無邪気過ぎないか。」
「いや、たまに難しいこと言い出すし、バランスいいんじゃねぇか?」
「決してよくはないと思うぞ、私は。」

 同じく登校する人の波に従って歩きながら、そんな会話を交わす。「いつか反抗期とか来るんだぞ。」「意味が分からん。」「想像つかねぇなあ、」なあ、と。取り留めのない話の中で、ふと同意を求められ、私は戸惑った。順当な成長を喜ぶ反面、その先を私はあまり考えたくないのだ。理由は言わずもがなである。

「……あれが何も思い出さないまま成長してくれれば、私も安心出来る。」 何とか捻り出した、あまり噛み合わない私の言葉に、予想通り長曾我部は何か言いたそうな顔をした。しかし彼にしては珍しく口を噤み、困惑を乗せた顔で視線を逸らす。言わんとするところは分かるのだが、そう願うこと以外、何が出来るというのか。

 学年の違う長曾我部と別れ、教室に辿り着くと、また違った意味で元気のいい男が駆け寄ってきた。私の周りはどうにもそういう人間が多い。

「石田殿! おはようございまする!」

 真田、と小さく呼ぶと、きらきらと輝いた瞳で私を見てくる。尻尾を振る犬のようだった。何故か私は懐かれているのだが、理由は本当に分からない。昔、を彼は覚えていないようだし、その昔でも何故彼が私に笑いかけていたのかは知らなかったから、この現状も仕方ないのかもしれなかった。

「今日の体育で何をやるか、もう聞いたでござるか?」
「いいや、」

 窓際、真田の後ろの席に座りながら、そんな取り留めのない会話をする。耐えずくるくると変わる表情を見ながら、私も小さく笑ってみせる。こんな風に過ぎる日々だった。幸福と呼んで差し支えのない、優しく穏やかな日々だ。


  


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -