「だって、」

 腕を引かれてゆっくりとした足取りで寝室へと戻る途中、僕は何だか泣き出す間際のような声しか出せなかった。前を歩く虎徹さんが優しい相槌を打つ。ナイフは僕と繋いでいない方の指が不安定に掴んでいた。

「虎徹さん、生きている間、僕の傍に居てくれるんでしょう。」
「殺さない理由?」
「そういう永遠がいいですよ、僕は。」

 頭がとても痛かった。考えることが大変になるくらい、ずきずきと不規則に痛む。虎徹さんの笑い声が僅かに遠く、繋いだ指の感覚はやけに明瞭だ。
 促されてベッドに横たわると、虎徹さんはベッドに腰掛けて肩の辺りを規則的に叩く。「完璧に子供扱いじゃないですか、」不満を口に出そうとすると、咳が出た。少し驚いた顔をした虎徹さんが、涙ぐむ僕の目を覗き込み、大丈夫かと尋ねてくる。

「……虎徹さんが居れば平気です。」
「何だそれ、かわいいこと言うな。」

 本当に、虎徹さんさえ居てくれるなら、これ以上の何だって望まないのだ。規則的な手のひらの動きに意識を集中すれば、再び眠気がすぐにでもやってきそうだった。

「俺が明日、お前を捨てるかもってなったらどうするんだ?」

 あくまで穏やかな声だ。そんな不確実なことを。言いかけて、しかし数秒先のことさえ不確実なこの世界で、何をそんなに支えに出来るというのか。口を噤んだ僕に投げられたのは、かわいいなあと先程とは打って変わって揶揄するような、彼の声である。
 僕の浅慮を嘲笑うそれに、どういう顔をすれば相応しいのだろう。今更、永遠なんてないと言うようなのは止めて欲しかった。彼の前で穏やかな重なり方をする時間を、僕はもう知ってしまっている。ひどい話だ。もう僕は、この人なしで生きていられる気がしないのに。

「ひどいです、そんなの、」
「だってバニー、そもそもお前は俺のものじゃないしなあ。」

 そんなひどい話はないだろうと思う。優しい顔で突き放される可哀想な僕のことを、それでも笑うのだろう。そう考えて、今にも泣き出したかった。
 ひでぇ顔。そんな風に笑った虎徹さんが、額を掠めるような口付けを僕に落とした。それはそれは幸せな、夢のような感覚だった。虎徹さんは僕が居なくても上手に生きていくのだろうと思う。だってこの人には僕だけではないのだ。今眠っても、良い夢が見られるとは思わなかった。肩を叩く、規則的なリズムは憎らしいほど崩れない。

「おやすみバニー、」

 今度はすてきな夢を見られるといいなと囁く声が、揺らぐように遠い。


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