ふと目を覚ますと、真っ暗だった。汗をかいたからか幾分楽に、そして涼しくなった体を起こして、辺りを見渡しても虎徹さんの姿は見えない。我ながら情けない顔を晒しながら、寝室を出た。
 彼は窓際のスペースに腰掛けて、立てた片膝に腕を乗せながら、眼下のちかちかと眩いネオンを眺めていた。随分ぼんやりとした様子だ。声を掛けようか掛けまいか悩んで立ち竦む僕に、虎徹さんはちらりと視線を寄越したかと思えば、呆れたような苦笑いをした。真っ直ぐ、僕の手元を見ている。

「そんな危ないもん持ってふらふらしてんなよ、バニー。」

 たしなめるような声に、僕も自分の右手を見る。眼鏡を取るときに手に当たって、気付けば握ったままだった、小さな銀色のナイフ。これは人を傷付けることの出来る道具だったなと、まるで今知ったかのように頷いて、僕はもう眼下へ顔を戻してしまった虎徹さんを見詰めた。こてつさん。そう呼んだ僕の声は呆れるほど、気を引きたがる子どものそれそのものだった。

「嫌な、夢を見ました。」
「どんな?」
「細部は思い出せません。ただ、あなたが居なくなる夢でした。」

 右手に掛かる重みが遠退きそうな感覚に、きつくナイフを握り直す。驚くほど鮮やかな夢だった。いつか必ず、こういう日が来るのだろうなと、否応無しに唇を噛みたくなるような――そういう。

「……だから僕は、手酷い傷が欲しいんです。」

 近付いた僕を見ても、虎徹さんは薄く笑っている。仕様のない子どもを見るような、柔らかで穏やかな凪いだ瞳をして笑っている。へえ、と投げられた相槌は、笑えないほど無関心の皮を被っていたけれど、不釣り合いなほど表情が優しい。

「僕はもう永遠なんてないと知っているのに、永遠を信じそうになるから、ずっと残るような、」

 こういうときにさあ。僕の言葉を遮って、彼が絞り出すように掠れた声で言う。こういうときとは、どういうときだろうか。考える間もなく、ナイフを持った方の腕を彼が掴む。彼の顔よりも少し低いくらいの位置まで引っ張られた切っ先はあまりにも彼に近く、思わずぎくりと全身が強張った。

「こんなシチュエーションで、さ、俺を殺したいとは言わないバニーちゃんを、かわいいなあって思うんだよ、俺は。」
「……ずい、ぶん、おかしなこと、言うんですね。」

 だって永遠がほしいんだろう、と唇が柔らかく動いて、悪魔みたいな囁き方をする。手っ取り早いと思わないかと言う琥珀色が、悪戯に僕を見上げて微笑んでいる。手首に触れていない、反対側の手が、僕の首筋をするりと撫でた。
 途方にくれた子どもの顔でもしていたのだろう。僕を見て、愛おしげに虎徹さんが破顔する。ああほんとうに、かわいいうさぎちゃんだなあ。僕はきっと、そんな風に笑ってもらうためだけに、悪魔の囁きに耳を貸さない。


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