【花飾り】


 何の気なしに彼を花で飾ってみた。
 ああ、それは美しかった。まるで、棺桶に収まった死体かの様に。


 クローン技術改良は、順調に進んでいた。今では立派な製品が大量に出荷されており、大儲けである。どれもこれも彼のおかげだ。
 そう言って微笑むも、彼は無表情で僕の為すがままでいる。少しつまらない。試しに頬をつねってみても、じっと光のない目で僕の指を見つめるだけ。ため息が彼と二人きりの空間に静かに響いた。

 彼がこうなったのはいつからだったろう。パンドラの壊滅を告げた時だろうか。
 ああ、そうだ、その時だ。知らせた時、目蓋を見開き、そのまま体中の力を失って倒れこんだのを、今でも覚えている。案外早く壊れたものだった。それまではこちらの様子を伺い、いつでも逃げ出せると言わんばかりに笑っていたのに。
 あれから彼は死体になってしまった。ただ呼吸をする為に胸と腹を上下させるだけの、生きた死体。
 正直明石薫が死ぬなどしなければそうはならないと思っていた。ここまで彼の心が脆いものだったとは。そしてパンドラの存在が、こんなにも彼の心を占めていたとは。

 今彼女は高校生だろうか。
 今からでも彼が動けば、まだ彼女を救える可能性はあるというのに。それなのに、生きることさえ放棄し、食事も排泄も自らしようとはしない。つまらない。つまらない。
 彼の生活の世話は、基本的に僕がしている。誰も彼に指一本触れさせたくないからだ。
 仕事の時は流石に分別付けていたが、それとこれとは別。だって、これは僕の玩具だ。僕の、僕だけの、兵部京介。誰にも触れさせやしない。触れさせてなるものか。

 まあ、しかし、そういうわけで。
 彼が全くの無反応になってしまったせいで、僕は彼の世話をするのが少し退屈になってしまったのだ。今の彼は何の反応もしないし、あの時みたいに僕の腕を握ることすらしない。このままの人形のような彼も、それはそれで悪くはないのだが、どうも張り合いがない。事あるごとに皿を投げつけていた彼が少し懐かしい。
 ああ、そういえば、懐かしついでだ。いつの日だったか、あまりにも暴れるからと手術台に縛り付けた時の彼は美しかった。惚れ惚れして、彼にメスを入れるのを数瞬ためらったくらいに。自分にも美を愛でる感情があったのだと、感慨深かった覚えがある。
 全裸の彼を、ナノチューブワイヤーで無理矢理拘束し、そのまま薄皮を切り刻んだのだったか。その時の彼の暴れようといったらなかった。ワイヤーが肌を切るのも厭わず、暴れて暴れて。肌は細かい傷で血に濡れ、ズタボロになっていた。その様はまさに芸術品のようで。噛み締めた薄い唇から漏れる、苦痛を帯びた、空気を引き裂くような声も中々に良い物だった。

「そうだ、いいことを思いついた」

 唐突に声を上げる。静かな部屋の緊張が崩れた。兵部はピクリともしない。

「服を着せてみよう」

 彼が全裸なのが駄目なのかもしれない。全裸でなく、色々着せてみればまだ着せ替え人形を扱うようで気楽な可能性がある。排泄が少し面倒だが、それでも中々に喜ばしい提案ではないか。

「普通の服ではつまらない、何がいいかな」

 兵部に向かって話しかけるも返答はない。それはもう分かりきっていた。気にもとめない。ひたすら一人思考を巡らすまで。

「そうだ、花はどうだろう。献花みたいでそれなりに美しいかもしれないよ」

 最早服ではないが、既にそんな事はどうでもよかった。ただひたすら彼に手向ける花を考えるだけ。どうせ飾り立てるなら、出来るだけ美しい物がいい。

「献花といえば白だけど、どうせなら色とりどりにした方が楽しそうだ」

 部屋をゆったりと歩き回る。彼にはどんな花も似合う気がした。
 どうしよう、今回は赤白黄の薔薇で飾ってみようか。薔薇の彩りは、彼の白い肌によく映えるだろう。
 久しぶりに気分が高揚している。この世で唯一の花飾り。生きた死体を飾る生花。それは一体、どんな素晴らしいものになるのだろう。心臓が高鳴る。頬が紅潮する。瞳が輝く。

花飾りへの期待で笑むギリアムの背を、兵部京介は静かに、冷ややかな目で見つめていた。





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