【2022年 3月9日】


 もう、そろそろなのかと思い始めた。

 兵部は、彼自身はもっと歩きまわって、声を出して、笑って、泣いて、怒って、とやりたいのだろうけれど、もうその残された数少ない時間のほとんどを眠って過ごしている。管だらけのベッドに横たわる体の線もいやに細く見える。
 偶に起きて「みなもと」って僕を呼ぶ声も、随分と弱々しくなってきた。そして彼の眠る時間と比例して、昔の兵部が出てくることも減った。ここ数日は全くと言っていいほど「ここは何処だ?」を聞いていない。でもきっとその言葉もやはり弱々しくなっているだろから、むしろこの方がいいと思った。

 ああ、駄目だ。随分としんみりしてしまっている。涙で濡れた日記帳なんてグチャグチャになってなんの役にも立たないだろうに。

 そうだ、1つ気が付いたことがあったのだった。
 兵部は今まで昔の状態に戻った時は、僕の存在を空間認識能力やテレパス、サイコメトリなどで認識した瞬間に直るようになっていた。そして能力を完全に失った瞬間、直るスイッチが何かは不明になったと。

 それは僕の誤認識だった。今の兵部にもちゃんとスイッチはあった。
 彼は僕が触れた瞬間、直る。昔の状態の彼に触れようなんて、意図して思うことは無かったから気付かなかった。でもこれで安心だ。僕は彼に触れさえすれば、あの兵部と話す必要はない。ないんだ。

 もう、彼と話さなくてもいい。その事実は僕の心を不思議と落ち着かせた。





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