*下品。そういうシーンとかは全くございませんが、精液がどうのこうの言ってます。



【哀情と同情と】


「あーーーー……」

 只今、ちょいとした採取終了。何を採取したかって、アレだ、ほらアレ。男ならすぐ分かる、白くて苦いアレだよ、アレ。

「わあ、いっぱい取れたよ、溜まってたんだ?」

 まあ、勿論無理矢理採取されたとかそういう事なのだが。当たり前だろ、いつ抜くってんだよ。まあ、別に普段からそういう欲はあまり感じない質ではあるが。クソ忌々しい。試験管を光に翳してさも興味深そうに眺めてる彼を、普段以上に忌々しく感じる。一体何に使うのだか。体中がんじがらめに縛られていなかったら、その間抜け面を正面からぶっ飛ばしているのだけれどな。

「ほら兵部クンも見てみなよ」
「僕は今すこぶる機嫌が悪い」
「そう……」

 そもそも見たくない。呑気なものだな。実験対象がそのような感情を抱いている事が分かっているからこそ、この拘束措置だろうに。……いや、もしかしなくともおちょくられているのか? ああ、腹立つ。

「……兵部クン、見て見て」
「だから僕は今すこぶる機嫌が……」

 って、あーあ!

「ほら、子持ちワカメ」

 これだからこいつは! 苛立ちに身を任せてずっと顔を背けていたのだが、一発文句言ってやろうと振り向いてすぐ目に入った光景がこれだよ!
 なんで試験管を抱えてそんな妙なワードを吐き出したんだ。しかもスンバラシイ笑顔で。奴の頭はゴミ溜めか? あ、ゴミ溜めだった。とっくに知ってた、そんなこと。

「子持ちワカメだよ」

 二回も言わなくてよろしい。見やすいようにと僕の精液を高く掲げるな、やめろ。

「子持ちワカ……」
「……なあ、坊ちゃん」
「なに?」

 流石に三度を迎える前に止めた。奴は先程よりもいい笑顔を浮かべた。僕との会話が久々に通じたからだろう。わかりやすい奴め。

「どうしてそんな発言を?」
「ユーリが日本にそんな料理があると言っていてね」
「そういう事じゃなくて」

 そもそもそれは子持ち昆布だし、それに混ざっている物も精液でなくてししゃもの卵だ。

「ん?」
「あれだ、何故急にそんな下手な冗談を思いついたんだ」
「ああ」

 ようやく合点が行ったとばかりにポンと手を叩いた坊ちゃんだが、その手に握っているのは僕の精子なのでとてもやめてほしい。

「機嫌が悪そうだったからね、笑わせてあげようかと」
「……はあ」

 手前のせいだってのに何とも押し付けがましい笑いだよ。そして笑わそうとするならちゃんと笑える物を用意してもらいたい物だ。

「で、どうだった」
「あ?」
「面白かった?」
「ああ……」

 そうか。そんなゴミしか詰まってない頭でも、今の僕みたいな実験動物相手なんかにですら少しでも役に立てた気になりたいのか。

「うん、少しは」
「そう」

 残念ながらちっとも笑えなかったけれど、まあ、今の彼の顔が僕の誕生日に贈り物をくれたあの子と、少し似ていたから。

「あ、やっぱりめっちゃ笑った! 腹がよじれるかと思った!」
「あはは、それはとても喜ばしいね!」

 満面の笑みを浮かべる彼に、僕は哀に汚れた嘘をつく。



「ところでそれ、何に使うんだ?」
「あ、多分使わないよ、念のためとっておいただけだし」
「はああああ!? てめ、この……!」


 しかして件の僕の機嫌はなんら変わらないのだった。





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