【ただ、探して欲しかった】


「…………」

 今日もいい天気。やわらかな陽光が明るい窓辺から降り注ぎ。涼やかな風がゆるゆるとホワイトベージュのカーテンを揺らしている。

「…………」

 わけがあるか。いつも通りこの部屋は締め切られている。カーテンどころか窓すら無い。

「坊ちゃん今日は遅いな」

 さて、どうしたものか。普段ならそろそろ来てもいい頃。というか、来ていないとおかしい頃。今の僕はちょっとした空想くらいでしか有限な時間を潰せないというのに。

「んー、暇だ」

 昨日の夜、大型クローゼットを運んで来てから一度も顔を合わせていない。
 あ、件のクローゼットは今、この狭い部屋の隅に鎮座している。本当、いったい何に使うのだろう。僕の服は検査衣位しか無いというのに。坊ちゃんの花婿衣装でも突っ込むのだろうか。自室でやれ。
 ちなみに運搬は坊ちゃん一人では到底無理だったので、殆ど僕がやった。奴め、ここではECMで能力が使えない事を忘れていたのだろうか。それとも単純に自分にここまで筋力が無い事を知らなかったのか。どうでもいい。にしても、まさか監禁されているこの僕よりも非力だなんて!

「別に来て欲しいわけじゃ無いけどさ……ん?」

 考え事に耽る中。ある物に気付く。

「なんだこれ」

 二つ折りにされた白い紙切れ。手術台横、処置器具入れの上に置かれている。拾って見ると、折り畳まれた紙面に丁寧に文字が書かれていた。どうでもいいが衛生面は大丈夫なのだろうか。本当にどうでもいいけど。

「この筆跡……」

 この、へったくそがひたすら時間をかけて丁寧に書いたような文字。よく分からんが、きっとあの坊ちゃんの物だ。そもそもこの部屋に入れるのは奴だけだろうし。にしても下手くそだな、おい。僕の流暢な達筆を見せてやりたいくらいだ。……あ、もしかしなくともきっと、誰も教えてくれなかったのだろうな。今度、教示してやろう。

「……は?」

 で、文字はどうでもいいとして、内容。

「『探さないでください』……?」

 文書は、ただ、たった一言、それだけ。念のためうらっかえしても何も無く、一面の白。もうちょっと何かあるのかと思えば。畜生、暇つぶしにもなりゃしない。

「って、いや、まず探しようもないだろ」

 だって僕監禁されてるし。探しに出れるようだったら、とっくに脱出してるわ。
 つか、なんだよこの家出少女みたいなの。気色悪い。あの坊やは空っぽの頭で一体何を考えているのだか。
 まあ、いい。特に彼を呼ぶ必要も、探す必要も無いし、寝とくか。しばらくしたら勝手に来るだろう、うん。
 体力温存は重要だ。日々の限りなく不本意な労働の為にも、脱出の為にも。この体、肝心な時に使えねば生きている意味が無い。

「よっと」

 上半身だけ起こしていた体を、再び台へ横たえる。固い感触が冷たく背を舐めた。これにも慣れた物だ。慣れた、と言うには言うが、時間の感覚はとっくに無くなっていて、どのくらいこの生活を続けているのか判断できないのだが。

「んーー……」

 そしてそのまま就寝。昔軍に居たのもあって、早寝には自信がある。どんな悪条件な場所でも即寝れるぞ。あの最後の夏の日の後、結構色んな所を放浪していたし。うん、きっと次起きるのは、三時間後だ。もしくはやってきた坊ちゃんに叩き起こされるか。



「……あー、よく寝た」

 ぐっと伸びをして立ち上がる。睡眠は良いものだ。これをして初めて人間は生を実感できる。
 久々にいい感じに寝れた。頭の中身が冴え渡っている。
 最近は纏まった睡眠をとれていなかった。睡眠不足の状態で解剖されるのは中々辛いものだというのに。ったく、坊ちゃんにぐりぐりされるばかりでゆっくり眠る事なんて全くと言っていいほど出来ていなかった。恐らくこれからもそうだけど。今回は幸運だったのだろう。いえーい。

「って、まだ来てないのか」

 あれま。坊ちゃんどうしたんだ。時計が無いからよくわからんが、体内時計の調子を見るに、確かにあれから3時間は経っている筈だ。こんな時間になっても顔すら見せないとは。珍しいどころか、初めてだ。

「んー?」
「失礼します」
「おあ!?」

 首を傾げているとノック音。そして声と共に食事がテーブルへ並べ立てられる。恐らくテレポートだろうな。
 いやー、流石の僕でもびっくりだよ。いきなり過ぎる。ギリアム以外の声を聞いたのも、随分久しぶりだなあ。

「では」
「あ、うん」

 行ってしまった。あっさりし過ぎだろう、ちょっと寂しいじゃないか。……って、ああ、そうか。もう晩食の時間か、気付かなかった。大抵は奴が来るときに持参してるから……ん?

「二人分?」

 さてさて。よく見てみると、テーブルへ現れた料理は何故か二人分。1つは普通にパンと水。もう一つはちょっと豪華なパンと紅茶。

「あー……」

 さてさてさてさて。嫌な予感。凄まじく、嫌な予感。あー、いや、まさかな。うん、いくらアイツちょっと頭おかしくても、さっすがにここまででは無いだろう。うん。まさかな。うーん、まさか、な。

「…………」

 頭痛を堪えるように額を手のひらで抑え、視線を向けた先には、例のクローゼット。それなりに大きめのサイズだから、人ひとりくらい余裕で入ることが出来るだろう。出来ちゃうんだよなー、これが。

「まさかなー……」

 口元をひくつかせながら、扉に手をかける。恐ろしい予感がビリビリと脳みその端をつついていた。ああ、出来れば、外れて欲しい。

「……そいや!」

 掛け声とともに、意を決して開く。嫌な予感って大抵当たるよなー、なんて考えながら。

「…………」
「…………」

 そしてそこには、外れて欲しかった予想通りの光景が。

「……やあ」

 一先ず挨拶。引きつり笑いのまま片手を上げて。

「どうして、探してくれなかったんだい」

 そんな僕を、クローゼットの中の坊ちゃんが恨みがましく見つめた。

「いや、まさかこんなところに居るとは」
「待ってたのに」
「あんなんで探す気になるかよ」
「探せよ」
「僕にそんな義理無い」
「それもそうだけど」

 坊ちゃんは膝を抱えながらクローゼット内に腰掛けていた。なんだろう、この罪悪感。僕、別に何も悪い事してないのに。

「あ、そうだ!」
「なんだい」
「トイレは…… あ、ごめん、なんでもない、言うな、言わなくていい」

 はいはい、話を逸らす作戦失敗。

「…………」
「ああ、もう……」

 というか、あんだけ時間が経ってるんだ。さっさと出てくればよかったものを。

「……どうして、探してくれなかったんだ」
「あー、坊ちゃん」
「……なんだよ」

 ったく、膝抱えて縮こまりやがって。あからさまに落ち込んだ顔してんじゃねーよ。疲れるな。
 にしてもさ、ほんっとうにあったま悪いなあ、このガキ。

「なあ、坊ちゃん。かくれんぼしたかったんなら、言えばよかったんだ」
「…………」

 引きつり笑いを直して、精一杯優しい笑みを浮かべながら言ってやる。正しきれなかった、僅かな口元の歪みには気づかないふりをしつつ。

「次からは、言ってからやろうね」
「……わかった」

 僕の苦笑いなりかけの笑みには気づかなかったようだ。頭を撫でてやると、奴はちょっと照れたみたいで、耳を赤くしながらそっぽを向いている。

「よし」
「ん」

 そして内心ため息をついた。僕は、つくづく子供に甘い。





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