【なんとか大丈夫でした】
「ねえ、兵部クン」
「なんだよ気色悪い」
今日も奴はこの部屋にやってきた。毎日毎日よく飽きないものだ。
「酷いなあ。いやね、これどう思う?」
「……なんだそれ」
そんな彼が差し出した手のひらには、座布団カバーをちっちゃく丸くしたような謎の布きれ。全体的に白くふりふりなのは、常時お婿さん衣装な彼の趣味を反映したものと思われる。
「ちょっとしたカバーだよ」
「何処に着けるんだ」
一先ず聞いてやる。なるほど、カバーか。確かに縁取られたレースからそんな用途に使う物だというのが見て取れる。
何に使うのだろう。予想としてはちっちゃい椅子。いや、ドアノブか? せいぜい手のひらサイズのカバーを使う物と言えばそんなものだ。
「切断した腕」
「……ん?」
ん?
「後、切断した足。勿論体のほうだよ」
あ? おいおい。いやいや。
「いや、待て、念のため聞くが、それを誰が着けるんだ?」
僕の予想とは大幅に違うものであった。いやいや、誰のと言わずとも分かるけれど、出来れば違うと言ってほしい。
「兵部クンに決まってるじゃないか」
「ばっか、おま、僕の腕切る気かよ!」
あー、予想外、予想外、予想通り! やっぱり! このキチガイ! 勘弁してくれ! 僕の腕そんな安くねーよ!
「足もだよ」
「そういう問題じゃねーよ! やめろ!」
いつかこう来るとは思ってたけどさ! やだよここから出ても車椅子か義足か超能力でぷかぷか浮かぶしか無いじゃないか! 色々困る!
「え、なんで」
「なんでじゃねーってば!」
この、スカポンタン!
「でも、僕達黒い幽霊は君の腕脚を使って実験する必要があるんだよね」
あー、なるほどね! それならしょうがな……いわけあるか!!
「クローンでやれ!」
「出来るのなら本物の方がいいじゃないか」
「いやいや……」
遂に頭を抱えてベッド(手術台)へ蹲る。マジで勘弁してくれ。手足が無いとここを出るのが余計に困難になる。
「まあ、そういうわけで」
「待て、やめろ、早まるな! ほら、撫でてやるから、な?」
一先ずこの場を誤魔化してやろうと、迫る坊ちゃんの頭を撫でてやる。撫でると言うより、掻き回すの方が近いが。流石の僕も焦っている。
「…………」
「そこでやめるのかよ……」
一先ずの時間稼ぎのつもりだったのに。意外なことに彼はすぐにおとなしくなった。
「……うーん」
「ん?」
そして何やら考えこむような仕草を見せている。これは期待しても良いのだろうか。
「やっぱり腕が無くなるのは困るね、よそう」
よっしゃー! どうやら坊ちゃんは心変わりしたようだ。よくわからんが作戦成功だ。取り敢えず手を離し、距離を開ける。坊ちゃんは、何も言わない。
「だろ、足も無いときっと困るぜ」
「まあ、そうだね、やっぱり出来るだけ残しといた方がいいね」
畳み掛ける様に囁いてやる。よしよしいい子だ。偉いぞ坊や、聞き分けのいい子は好きだぜ。
「そうそう、だからその布きれなんざ捨てちまえ」
「わかった」
「よし」
内心ガッツポーズ。よかった、これで僕はまだ五体満足だ。ふりっふりの趣味悪いカバーを付ける必要もない。僕は自由だ!
「しょうがない、代わりに君の背中を削ることにするよ」
「……え?」
その後僕が自らの背中の重要性を解くことになったのは、言うまでもない。
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