【痛み止め】


「なあ、坊ちゃん」

 背越しにギリアムを呼ぶ。

「なんだい」

 すぐ返ってきた声に少し安堵する。体勢的に、さすがの僕も、ちょっと怖いのだ。
 僕は今、手術台にうつ伏せになった状態でギリアムに背を切り刻まれていた。それは、まあいい。いや、よくないけれど、不可抗力だから、まあ、いい。

 ただ。

「痛い」

 それも滅茶苦茶に、痛い。彼は解剖時に麻酔をあまり使わない。僕の反応とかも重要な研究材料なのだそうだ。うぜえ。

「で?」

 でもいくらなんでもこの痛さは酷い。メスで薄皮を一枚一枚剥がれたことのある人間なら僕の気持ちがよく分かるはずだ。ぶっちゃけ死んだほうが楽だと思う。というか、死ねるならそれがいい。クローンの実験に使われることも無いし。ああ、死ねたなら。死ねたならよかったのに、それすら今の囚われの身には許されない。

「どうにかしろ」
「無理」

 即答かよ。バカヤロー。

「あー、もう、なんでもいいから、気を紛らわせそうな物出せよ」

 でもめげない。だって漆黒の堕天使だもん。

「なら映画はどうだい」
「お、いいじゃん。映画、うん、悪くない」

 映画、確かにストーリーに集中すればちょっとくらい気は紛れるだろう。それで充分。ほんの少しこの痛みから意識をそらせれば、それでいい。これでも痛みには慣れた身だ。ある程度なら難なく流せる。

「ちょっと待ってて」

 その一言で、少し安心した僕が馬鹿だった。


『キャー』
「ぎゃーーー!!!」

 暫し作業を止めた坊やは、手術台の前にそれなりのサイズのテレビを置いた。46vだろうか。うん、それなり。
 そして予想通りその画面には映画が再生され始めた。僕に合わせてか、日本の映画だった。

『イヤー』
「いだーーー!!!」

 そこまでは、予想通り。

『ヤメテー』
「いぎっ……坊ちゃん」
「なんだい」
「頼むから、ホラー映画に合わせて僕を痛めつけるの、やめてくれ」

 問題は、その内容がホラー映画で、しかも女の叫び声に合わせてノリノリでこのイカれた坊やがメスを滑らせ始めたことだ。

「何故?」
「いだだだだ、僕は、あまり楽しくない」

 きっと君は楽しいんだろうけれど、僕はあまり、というか全然、楽しくない。

「……そうか、それは、あまり喜ばしくないな」
「そんなガッカリするなよ……」

 声だけで意気消沈したのが分かった。拗ねたのか、返事すらしない。

「…………」
『イターイ』
「…………」

ただ無言で、いつもと違ってちっとも楽しくなさそうに、静かに作業を続けている。

「…………」
『ゼッターイ』
「……ああ、いいよ! 分かったよ! 好きにやればいいじゃないか!!」
「ん?」

 あまり乱暴に動かしてないから、僕にも耐えられる痛みだけれど、ああ、駄目だ。僕はこの空気に耐えられない。

「ほら! 早く面白おかしく僕を刻めよ!」
「いいのかい?」
「僕がいいって言ってるんだからいいんだよ!」
「それは、実に喜ばしい」

 思わず叫ぶと、背後で彼がいつもの狂ったような笑みを浮かべたのが、なんとなく感じられた。それに少しホッとして。痛みも少し、和らいだような気がする。


『ダイターン』
「いっだーーー!!!」
「あはは! 楽しいね、楽しいよ、兵部京介!!」

 ……僕は一体何をしてるのだろう。





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