*夢主でなく破壊の女王を選ぶために夢主を殺害して死体を捨てる皆本さんの話です。



【月の明るい夜】


 こんな月の明るい夜だから。君の顔もとても綺麗に見えるだろうと、そう思ったんだ。

「ねえ、なまえ」

 本当に月の明るい夜だよ。きらきらと落つる粉雪のようにあたたかに煌めくあの星々も、夜闇を殺す分厚くて重たい灰色の雲々も、みんなみんな貫いて眠らせてしまうような。そんな、そんな光だよ。
 ぽつり、ぽつり。いつものそれより現実味のない、乾いた薄笑いを浮かべながら、皆本は語りかけた。

「僕はね、薫が、破壊の女王が好きなんだ」

 惹かれまい、惹かれまいとしていても詮無き足掻きになってしまう。そんなあの子は夏の空で輝く太陽のようだけれども、この月にも少し似ている。

「だから、こうしなきゃいけなかったんだ」

 僕の視界から他の全てを消してしまう位、強すぎる光だから。

「でも僕は君のことも好きだったんだよ」

 皆本の指先が、乾燥したなまえの髪をゆっくりと撫ぜる。防腐処置の施されたそれは少しぱさついていて、あの頃の艶やかな色濃さはもう何処にもなかった。

「そう、だけど僕が君さえそこにいればいいと言う人間は、君ではなかったわけだ」

 なのに君と居ると、偶にわからなくなっちゃって。僕はあの永遠に会うこと叶わぬ彼女に焦がれているのに、君がくると、いけないんだ。怖いんだよ。あの女性にだけに向いていた僕の中心が二つの柱でぐらつかされて、そのまま全て折れて壊れて消えてしまうのでは、なんて思えちゃって。彼女には到底届かぬバベルの塔だけれども、それが崩れるのはどうしても怖いんだ。

「君は意味わからない、なんて言って怒るかな」

 君の事は出来うる限り苦しくないようにしたけれども、この話をもし聞いていたならば、きっと。
 でもごめんね。僕もよくわかっていないんだ。言っている事もやっている事も全部全部滅茶苦茶で、不合理と不条理が矛盾と言う名の空想の中でぐるぐる回っているような話なものだから。

「けれどもね、僕にはとても大事な物だったんだ」

 だから、ごめんね。お詫びと言っては何だけれども、しばらくは腐りはしないから綺麗な海の中を楽しんで。真っ暗な闇の中で音も光りも届かないような世界だから、きっと君も落ち着くと思うんだ。こんな月の綺麗すぎて眩い白い夜でも。だから、だから。

「だから、早く僕の中から出て行ってくれ」

 その日初めて表情を苦しげに歪めた皆本光一は、船から遠い海へとなまえの体を投げ入れた。細切れになった波しぶきが彼の顔へと飛び、小さく肌を湿らせる。彼は塩味のそれを、頬へと張り付けたまま拭わなかった。
 内蔵を抜かれて軽くなった死体は、それでも段々とゆっくり深い海の底へと沈んでいく。静かに静かに、月の明かりの届かぬ位にまで寒い、水底まで。

「……ごめんね」

 こんなに月の明るい夜だから。沈む君を最後まで見つめていられる、そんな気がしていた。





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