【何も貴方の命すら要りませぬ。】



「ねえ、京介」
「……うん」

 今日の彼の返事は少し歯切れが悪い。

「私、やっぱり普通人だったよ」

 それは、私からの問いが問いではなかったから。

「……うん」

 彼は、その事実を深く噛み締めている。薄い唇と一緒に、ぎゅっぎゅっ、と熱い音が溢れるくらいまで。

「私が聞いた音は、ただの喧騒」
「うん」

 あの時は随分とうるさかったから。みんなみんな、あの話で持ちきりだったから。

「私が知れた貴方の心は私の経験則」
「うん」

 彼の心なんて、分かりやすすぎちゃうのよ。今までずっと一緒に居たのですもの。

「それ以上でも、それ以下でも無かったのよ」
「……うん」

 それが私と貴方の全てで、ただそれだけでした。

「ねえ、京介」
「……なんだい」
「私を、殺したい?」

 今度は、本当に意地悪な事を聞いたと思う。

「……うん」

 彼の唇には、遂に穴が開いてしまった。きっと、私を殺したくないからだ。そうだろうね。あの人が死んでしまってから早一ヶ月。見つけた無事な研究所の検査室訪れてこの結果。それまでずっと一緒に生きてきた。雨水を舐めてみみずを啜って水草もいで、二人きり。

「そっか」
「うん」

 彼の目は、やっぱり真っ直ぐな薄闇色だったから。

「じゃあ、ダメだ」

 では殺させてあげないよ。私を殺した瞬間、この彼も命を絶つであろうことがよくわかったわけなので。

「どうして?」

 彼の声は震えていた。小さな水たまりの様なその瞳もゆらゆらと零れ落ちそうにふるふると。

「私は、貴方に生きていて欲しいのよ」

 この言葉が彼の命に止めをさしたかの様に、目の前の細い体は静かに崩れ落ちた。

「どう、して」

 でも、彼はちゃんと生きている。まだ生きて息して鼓動を点々と吐いている。

「貴方はそれをとっくの昔に知っているでしょうに」

 その拙い呼吸を奪うように唇を合わせた。そうよ、私はずっと貴方の事をお慕い申し上げておりました。





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