第一部 [2/32]


「君、今日もそればかりだね」
お疲れ様、と言いながら扉を開けたのは稽古場から早々に戻ってきた弓親。
汗なんかひとつもかかないのに手にはなぜか真っ白な手ぬぐいが握られている。


『代わりに弓親さんがやってくれるなら他のこともやるんですけどねー』

視線を目の前の書類から離さず言えば、すっと目の端に映る書類が消える。
それに釣られて視線を上げればかんろの淡い瞳に、書類を持つ弓親が映った。
「この書類を持って行くくらいなら、やってもいいよ」
部下がやっているのに動かないなんて美しくないからね、と付け足した。
「これで久しぶりに時間ができただろ。たまには竹刀でも振ってきたらどうだい?」


『そうですねーあ、…これもお願いします。自分、お昼食べてきますね』
弓親の持つ書類の束の上にたった今書き終えた書類を乗せながら、かんろは立ち上がる。
そして、書類ありがとうございます、と小さくお辞儀をしてからすっと隊舎の塀を飛び越えて越えて出て行った。



*****


あーあ、
またあの美しい太刀筋を見たいと思っていたのに、昼飯へと行ってしまうとは予想外。

「…残念だね」

すでに見えなくなったその姿を見ながら、弓親は呟いた。

せっかく太刀筋は美しいのに、それ以外は美しくない。
行動の一つ一つが美しくなくて惜しいと感じる。

今だって…まあ、隊舎の塀を超えることにはとやかく言わないが、あの走り方はどうだろう。
大男でもあんな風には走らないだろうに、大股で力が入りすぎている。
どうしてあの足さばきで走れるのが不思議でならない。




稽古場に置いてきた一角は今頃阿散井の相手をしているから、あの調子ならきっとまだ汗を流し続けるだろう。
汗だくになる彼を待つくらいなら、この書類を配達に行きながら昼食をとるほうがいいだろう、と彼も部屋を後にした。




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