第一部 [16/32]


翌日、かんろが目を覚ますとそこは自分の部屋だった。

昨日のことを思い出してみるが、とても楽しかった、という気持ちしか残っていない。
乱菊にガンガン酒を飲まされたあとは全く記憶になかった。

自分の家にいてちゃんと布団で寝ていたから、大した失態もなく無事に宴会が終わったのだろう、と安心しながら、かんろは湯浴みのための準備をした。



*****



体を洗い、すっきりとした気持ちのままたらふく飯を食えば、それだけで今日一日幸せに過ごせる気がする。
これから昨日終われなかった書類が自分をまっているとしても、このあとに食べるおやつの握り飯やその後の昼飯を考えると頑張れる。



気分良く、いつもの扉を開けば珍しく弓親が座って事務作業をしていた。

『おはようございます、弓親さん』
「ああ、かんろか。おはよう、てっきり今日は二日酔いかと思ったのに意外と元気だね」
持っていた筆を止めて弓親がかんろを見る。

『…何か書類に不備でもありました?』
どこか含みのある弓親の笑顔に、怪訝そうな顔をしてかんろが問いかけた。


「んー、別に不備なんてないよ。…でも、失態ならあるかな」
そう言いながら弓親は自分の指を、数を数えるように折り曲げていく。
「慣れない酒を飲みすぎた。あろう事か自分の隊の上官の頭に酒をかぶせた。他の隊のやつを押し倒していたね。まあ、最も僕を昨夜風呂に入れなかったのは一番の失態だね」

『はぁ!?』
いつもは出さないその大きな声を聞いて、ドタドタと駆けてきたのは朝から稽古をしていた一角と恋次だった。



『なんで自分が弓親さんを風呂に入れてないなんて話になるんですか!』
「それが君を家まで送っていった先輩に対しての態度かなー?」
笑顔を浮かべた表情は一切変えずに、弓親は淡々と話している。

『あ、そうなんですか?それは…ありがとうございました』
「いいよ別に、朝には風呂には入れたしね」
わけがわからないという顔をしているかんろに、弓親は笑顔を絶やさない。
笑顔をあまり見せない弓親がここまで笑顔でいることに、かんろはわずかな不安が生まれる。


「ああでも、これからは僕や一角と一緒じゃない席で酒を飲むのは禁止ね」
すたすたとと戸口に向かう弓親の表情を見た一角たちは、特に声をかけることなく、そのまま彼を見送る。

残されたかんろは、ぽかんとしながら未だに話がつかめずにいた。



「だ、大丈夫かかんろ?」
立ち尽くしたようなかんろに恋次が声をかければ、はっ、としてかんろが振り返った。

『大丈夫です。ちょっと乱菊さんとこ行ってきまーす』
いつものだるそうな目は、めんどくさいのか今日はさらにやる気がない。
恋次はおう、と返事をしてかんろを目で追った。

一方で一角は、呆れているのかどうでもいいのか、かんろの机の上にある握り飯に大きな口を開けてかぶりついていた。





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