第一部 [15/32]


床に背中を打ち付けてしまった痛みと、自分に重なる影。
そしてかんろが覆いかぶさる前に、慌てて自分の胸の前に出してしまった両の手のひらに感じる温もりと柔らかさ。
ゆっくりとその感触を確かめながら瞑っていた目を開けてみれば、イヅルを押し倒したような格好になったかんろの成長した胸に自分の手があった。
そこから目線をずらせば、驚きも何もない普段のかんろの顔があった。


「ご、ごめんかんろくん!」

慌ててパッ、と手を離すも、特に反応のないかんろに不安が増す。
ぼーっとしたようなかんろの瞳は目の前のイヅルを見ているのか見ていないのか。
そしてゆっくりと瞬きしたと思えば、すっと体の力が抜けたようでイヅルの上にどさっ、と覆いかぶさった。

「…え、あの、ちょっと!大丈夫かいかんろくん!!」
慌てて肩を揺するも、やはり反応がない。
楽しそうに笑う乱菊は変わらずだが、驚いていた恋次や修平は不安そうに未だに倒れている二人のそばに集まってきていた。



「うるせーぞ!誰だ、俺の頭に酒吹っかけたやつ!」
隣の座敷からは、頭から酒の滴る一角が怒鳴り込んできていた。

その後ろからは弓親が覗いている。
「…なんだか変に騒がしいね」
座敷の光景を見て一言呟くと、すたすたと座敷を進んだ。

そのままかんろとイヅルの横にしゃがんで、ぺたりとかんろに手を添える。
「寝ちゃってるよ、彼女。……ほら一角僕らは帰ろう」

軽々とかんろを抱き上げた弓親は、じゃあまたね、と、彼の様子をぽかんとしながら見ていた皆に告げて一角と共に座敷を後にした。



*****



人を抱き抱えながらでも歩く姿が美しいのは、彼が綾瀬川弓親という男だから。
美しいことが好きな彼が眉をひそめるなんて滅多にないだろう。

「ねえ、臭いんだけど」
もう少し離れてくれないか、とでも言うように、肩をすくめながら、ちらりと後ろを歩く一角を見る。

「あ?帰ろうだとか言ったのお前じゃねえか。嫌なら瞬歩でも使って先いけよ」

「嫌だよ、僕は美しいものを見ていたいからね」
つっけんどんな一角にそう言って弓親はかんろの寝ている顔を見つめる。
「一角も見てみなよ、かんろの寝顔は美しい」


見ていて飽きない、と言う弓親に一角は大きなため息をついた。


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