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03

 ぼうっとしていた。夜だ。ただ何をするでもなく、ぼうっとしていた。ボーダーの隊員は確実に増えている。先輩として、夜にも出来る事は沢山あるのだろう。けれど自信がない。何をしたらいいのかが分からない。自分は他人を守れる存在ではないと、夜は思っている。では何故ボーダーに居るのか。固執する理由は何か。それも分からない。分からない事だらけだ。

 不意に、ぺしっと後頭部を叩かれた。何だ何だと後ろを振り返れば、そこに居たのは太刀川慶。にやにやといやらしい顔で夜を眺めている。

「……何ですか」
「いやあ、誰かさんが黄昏てるようだから引き戻してやろうと思って」

 大きなお世話です、とは言わなかった。実際、太刀川の一撃がなかったら夜は彼岸を超えてしまっていたかもしれない。というのは大袈裟かもしれないが、ないとも言い切れないのが怖い所だ。今の夜は、いつになく不安定な世界に立っている。たまにある事だ。こうなっている時の夜に話しかける者はあまりいないのだが、太刀川はそちらの部類には入らない。

「なあに考えてたんだ」
「くだらない過去の話ですよ」

 太刀川が隣に座る。個人戦を挑まれるのかと思ったが、そうでもないらしい。実際、今の夜に話を持ち掛けても断られるのは太刀川にもわかっていて、その上で声をかけていた。そんな事は夜の量り知る所ではないので、端的に会話を終わらそうとする。
 結果、納得しない太刀川は夜の意に反してそこから動く事はなく、黙って次に出る言葉を待つのだ。

「……何」
「先輩に話してみろって。少しは楽になるかもしれないぞ」

 誰が先輩だというのか。ボーダーでは夜の方が先輩である。そう口にしたら、人生の先輩だと言われた。確かに歳は太刀川の方が上だ。だが、改めて先輩、と言われると違和感を覚える。戦闘員としての太刀川は凄いと思う夜だが、人生に於いてはあまり見習いたいとは思わない。が、隠す事でもないと思ったし、興味がなければ去るだろうと、夜は話す事にした。たまに思う事、解体してしまった支部の話だ。

 当時、今からすると旧ボーダーと言われている時代。夜は桜坂支部という所に所属していた。自らも前線に立つ支部長の他に、一人の男性隊員、そしてオペレーターと、夜。小さい支部だった。当時支部といえば珍しい立場で、でも本隊の方とは上手く連携してやっていた。
 変わってしまったのは、五年前の事件。旧ボーダーの面々が命を落としていった中、桜坂支部の隊員も例外ではなかった。
 支部長と隊員は死して、オペレーターはこちらに戻ってきた際にボーダーを辞めた。今は一般人となってしまった彼女と、夜はもうずっと会っていない。それでいいと思う。あちらの方も態々苦い記憶を共有している元仲間になんて会いたいと思わないだろう。そう、元仲間、なのだ。

「で、その生き残った懺悔をずっとしてるわけか」

 太刀川という男は偶に心に刺さる言葉を発する。夜としては懺悔なんて思った事はない。ただ、自分がもっと上手く立ち回れたら結果は違っていたのではないかとは思う。それは、懺悔になるのだろうか。よく分からない。今の実力ならば、きっとああはならなかった筈だ。夜も強くなった。では何故、あの時に今のような実力がなかったのだろう。単純に、未熟だったのだ。それが夜は納得できない。戦闘員として自分一人生き残ってしまった事で芽生えた感情は、悔しさだ。何故一緒に死ねなかったのかと思う程に。

「お前には生きる義務がある」
「太刀川さん義務なんて言葉使えるんだ」

 唐突に発した太刀川の言葉に、夜は咄嗟に反応出来ず出た発言は至極どうでも良いものだった。生きる義務とはなんだろう。言葉の裏で考える。空っぽだった頭に毒が注入されていく。太刀川の言葉は時に毒だ。受け続けると脳から始まって体に痺れが回っていく。そうならないように、夜は自己防衛をしなければならない。

「お前俺の事なんだと思ってんの?」
「サンドバッグ」

 正直な事を言った心算だ。逃げたのは否めない。けれどこれが夜に出来る精一杯だった。太刀川とて分かっている。だから「そりゃあいいな」と笑い飛ばした。毒が回り始めているのを感じる。この毒は即効性だから、これ以上話していると危険かもしれないと夜は太刀川の言葉に占領され始めた頭を小さく振った。

「強かったのか、お前の仲間」
「……太刀川さんよりは」

 本当の所は分からない。太刀川は強いし、夜の中には自隊の尊敬する隊員たちに対する贔屓がある。ただ、太刀川と死んでしまった彼らが戦っているのを見てみたい、とは純粋に思った。
 もし生きていたらなんてそんな空論、無意味なのは知っている。けれど考えずにはいられないのだ。このボーダーで、四人笑って日々を過ごせていたら。

「サンドバッグでも何でもいいから、もうちょっと他人を頼れよ。俺はいつでもいいぜ? 代わりに一戦やってくれたら」
「最後の一言で台無しなんですよ」

 それは太刀川なりの気づかいか、何も考えていないのか。少なくともこの場で、夜は太刀川に救われた気がした。


十年後の私へ
 貴女は今でも、皆の事を忘れずにいますか。どこまでも大人だった林原さん、優しかった吉岡さん、朗らかだった村岡ちゃん。皆大切な仲間だったよね。大切な仲間は失ってしまった。でも仲間が居なくなったわけじゃない。傍に居てくれる人は居るんだ。
 私は生きるよ。皆のためなんて大層な事言えないけれど、生きる。だから貴女も、私は貴女が今どんな状況に居るのか想像出来ないけれど、生きよう。
 どんな時だって、生きる権利はあると思うから。



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