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18

 夜が入院中の修の病室を訪れたのは一回のみだった。その一回にすら、相当の勇気がいった。太刀川の前で泣きじゃくり多少すっきりはしたのだが、修に対しての罪悪感は無くならなくて。単純に、合わせる顔がなかったのだ。
 病院へ行ってみれば、修は眠ったままで。母だと名乗る女性に、夜は深々と頭を下げた。

「私の力不足です。大変申し訳ありません」

 そう言うのが精一杯だった。家族が居るだろうとは思っていたが、何と声をかければいいかなんて思いつかず。結局、謝罪の言葉しか出てこなかった。罪悪感が、じわじわと心の中に広がっていく。真っ黒に染まるのを止めたのは、修の母の「頭をあげて下さい」という声だった。恐る恐る上体を起こす夜に、修の母は続けた。

「貴女のせいだとは思っていません。私も、きっとこの子も。誰か一人が責められるべきじゃない。私はそう思うわ」

 その言葉に、夜はまた泣きそうになる。もう沢山、嫌という程泣いた筈なのに。でもここで涙を見せる訳にはいかない。夜だけめそめそしていても仕方ないのだ。
 大規模侵攻から数日、世間はもう動き出している。立ち止まっている暇はない。
 夜はぐっと歯を食いしばる。

「もっと強くなります。修くんが強くなる手伝いが出来るように」

 そう言った夜の目には。それまでになかった光が灯っていた。大丈夫、とは言い切れない。それでも、夜の中に新しい感情が芽生えたのは確かだ。たった一回、それだけなのかと、薄情ではないかと言われるかもしれない。けれど夜は、これ以上修に固執すべきではないと考えた。だから次に修と会うのは彼が目覚めた時だと。少しでも、目覚めた修の力になれれば。否、なろうと。だからこれ以上何も言わずに病室を出た。大丈夫、言い切れなくても何度も自分に言い聞かせて。

 何日か後、夜は修が目覚めたのをテレビで知った。偶々玉狛支部に居た時の事だ。ボーダーの記者会見が行われているのを、小南と陽太郎と共にソファに座って見ていた。夜以外の二人は修がスケープゴートに使われている事に酷く怒って、テレビの前で騒いでいる。一方の夜は、大体予想はしていたので、まあそうなるだろうな、というのが会見を見た上での感想だった。どうせこのまま終わるんだろうと興味を失くしかけた所で、修が映る。病院から直接会場に行ったのだろうか、病衣姿で松葉杖をついていた。怪我の様子が痛々しい。しかし修の言葉は、外見からは想像がつかない程しっかりとしていた。もう充分強いんだよな、と口にはしない。そもそも夜が修の母に言った強くなるというのは、精神面ではなく戦闘に於ける技術面の事の割合が意味的には大きい。
 精神面で言えば、修より自分の方が未熟かもしれないとまで思っている。周囲からしてみれば決してそんな事はないのだが、思ってしまうのも夜の弱さだ。周りが何と言おうと、自覚がなければ意味がない。
 少し前までの夜ならうだうだ考えて立ち止まっていた。でも今の夜は違う。修に負けないよう頑張らねばという感情がある。足りない自覚が少しずつ身についてくるのも時間の問題だろう。全く、環境に恵まれている。

 それぞれの思いを乗せ二月一日。ボーダーB級ランク戦が開始となった。玉狛第二の初陣、修はまだ怪我が治りきっていない為解説席に居るようで。C級隊員がざわつく中、夜は一段高い所から眺めていた。唐沢が隣で煙草を吸いながら、同じくランク戦の状況を観覧している。遊真と千佳はあっという間に他の隊を全滅させてしまった。

「あれ?」

 やってきたのは迅だった。唐沢といくつか言葉を交わす。やがて、入れ違いになるように唐沢は出ていき、夜と迅がその場に残った。

「夜は、切り替えられたみたいだね」
「どうでしょう。その心算では居るんだけど」

 夜は苦笑した。迅は、まだ引きずっているようだった。迅こそ、自分の力不足だと思っているのではないか、そんな気がして。だから夜は言うのだ。

「誰か一人が責められるべきじゃないんだよ。迅さんが悪いんじゃない」

 迅は、参ったな、と頭を掻いた。この短期間に強くなったものだ、と心の中で思っていた。人間とは成長するもの。夜は妹のようなものだから、その成長は純粋に嬉しかった。同時に、迅の活力にもなる。夜には笑っていて欲しい。

「玉狛第二、どんな感じですか」
「大丈夫だよ」

 迅の答えは夜が求めたものではなかったが、安心する答えではあった。迅が大丈夫だと言うのだ、それだけで信頼に足る。

「何か手伝える事あったら言って下さいね」
「本当に強くなったねえ」

 今度は声に出た。夜は一度きょとんとして、それから「負けてられないんで」と小さく呟いた。迅には聞こえないくらいの小さな声。誰かに聞いて欲しいというよりは、自分自身に言い聞かせるような。音にしてみれば、心の中にストンと落ちてきた。そうだ、負けたくないのだ。夜だって強くなりたい。もっと、もっと。今の夜は向上心の塊だった。

「迅さん今度一戦やりません?」
「言うと思った」

 サイドエフェクトで見えていたのだろうか。忙しいだ何だいつも捕まらない迅だから、こういう時に約束を取り付けていなければならない。誘われるのが分かっていた、つまりは個人ランク戦をしている未来が見えた、という事だと勝手に判断する。

「いつにします?」
「じゃあ……」

 融通が利くのは絶対的に夜の方なので、二人でスケジュールを合せる。迅と戦いたい人間なんてボーダーには沢山居るだろう。独占厳禁、更に迅の仕事の邪魔にならないように。本当は今からでも良いのだが、そうもいくまい。ロビーに行けば誰か居るだろうか。夜は一通り迅と話した後、そのまま相手を求めてロビーへ向かった。


十年後の私へ
 貴女に誰かを守る力はありますか。貴女に誰かを救う力はありますか。貴女は、強くありますか。未熟なのは当たり前なんだ。最初から完璧なんて無理。だから貴女が今の私を「昔は弱かった」って笑い話に出来る位、私頑張るね。




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