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17

「傷だけ縛って基地に運んじまおう」

 米屋の言葉が遠くに聞こえる。少し、呆然としてしまっていた。棒立ちのままの夜を米屋は不思議そうに眺める。それだけ、いつも見せない表情をしていた。

「夜さん?」
「あ、ごめん。うん」

 しっかりしなければ、夜は自身に言い聞かせる。ふらついているのを気づかれないように修の元へ。改めて見ても酷い傷だった。こんな状態にさせてしまったのは自分のせいではないか。もっと別のシナリオもあったのではないか。夜は力不足を痛感した。もっと自分が優秀であれば。古参隊員の名が聞いて呆れる。
 兎も角、今悩んでいる場合ではない。夜は換装を解いて自らのシャツをビリビリと引き裂いた。その布切れを使って、出血を止める為に傷を縛る。米屋や、一緒に居た出穂も夜を手伝った。一通りその場で出来る処置をした後、医務室へ運ぶ。ベッドに寝かされた修を見て、夜はフッと軽く息を吐いた。もうこの場に居ても、夜に出来る事は何もない。

「千佳ちゃんの事はよろしくね」
「夜さんは?」
「私はもう少しやる事があるから」

 そう言って医務室に背を向ける。任務はまだ終わっていない。夜は再びトリオン体に換装し、出口を目指した。体を動かしていないと精神が狂ってしまいそうだった。街にはまだトリオン兵が残っている。独り悲観的になっている場合ではない。倒さなければ、殲滅してやる。絶対に、許しはしない。
 迅から小南へ加勢する指示が出た事を知って街へ向かう。そこには嵐山隊や加古隊の面々の姿もあった。無意識に太刀川の姿を探す。残党が比較的多い此処なら居るかもしれないと思ったがどうやら違うようだ。どうでも良いか、と思い直した。太刀川が居た所で夜の何が変わるものでもない。東なら良いアドバイスをくれるだろうか。その方が現実的そうだ。だが東も居ない。
 夜はただひたすらトリオン兵を斬った。過剰な死体蹴りもした。誰かが見ていたら痛言したかもしれない。しかし幸か不幸か、夜の愚行を止める者は近くにはおらず。やりたい放題やった。自分のせいじゃない、そう誰かに言い訳するように。それは狂気、どこからともなく笑いがこみ上げてきた。

「ふふっ」

 目視出来る最後のトリオン兵を斬り刻む。バラバラになったそれは、夜にとってはただのゴミにしか見えなかった。近くに転がっていたトリオン兵の欠片を蹴り飛ばす。ゲームオーバーだ。楽しい楽しい、全く楽しくない時間はこれで終わり。
 他の場所ももう片付いたらしい。本来なら民間人の救護に向かうべきなのだろう。だが夜はまともに動ける思考を持っていなかった。全て他隊員と救護班に任せる事にする。
 夜は持っていた弧月を自らのトリオン供給機関めがけて突き刺した。トリオン体が崩壊し、緊急脱出する。
 生身の体でベッドに落ちた。しばしそのまま横たわる。夜を占めるのは、虚無。頭から足の先まで、虚しさに囚われていた。結局自分は何なのだろうか。一人で答えを出す事は出来ない。
 夜は部屋を出た。皆慌ただしく動いている。通信室のオペレーターが何人か死亡したようだった。C級隊員も足りないらしい。

「役立たず」

 ぼそりと呟く。誰にも聞こえない、夜の独り言。実際、夜を気に留める者などおらず、結果呟きに反応する者も居なかった。修の所へ行く勇気もない。夜は結局、何もせず自室へ籠った。報告云々は、落ち着いてからでもいいだろうと勝手に判断する。特に目ぼしい事は何もしていないのだから。
 ソファに身を投げてどれくらい経っただろう。扉をノックする音で夜は我に返る。今は誰にも会いたくない。無視していたが音は止む事がなく。流石に耳障りなので動きたがらない体に力を入れた。のそのそと扉に向かい、ロックを外す。こちらが開けるより先に扉は動いた。

「太刀川さん」
「よう、泣き虫」

 泣いてはいない。一体何の用があって来たのか。言葉にする前に太刀川はずかずかと夜の部屋に足を踏み入れ、ソファに腰を下ろす。そうして隣のスペースを叩き、夜に座れと促した。全く状況が掴めないまま、ひとまず夜は太刀川に従った。

「死にゃしないらしいぞ」

 唐突な言葉に何の事か問うと「お前が助けたアイツだよ」と返ってきた。修の事だろうというのは予想がついたが納得出来ない。夜は助けられなかったのだ。太刀川は逆の事を言っている。何にせよ、命に別状がないというのを聞いて夜は少しだけ安心した。根拠を聞けば迅の予知だと返ってきた。それならば信頼出来る。良かった、助かるんだ。そう思ったら急に涙が出てきた。

「やっぱり泣いてんじゃねえか」
「うるさい」

 太刀川は笑いながら夜の頭を撫でる。その手のひらから伝わる温もりがあまりにも心地よくて、夜は涙を止める事が出来なかった。しゃくりあげる夜に、太刀川は何も言わない。ただ、手のひらはどこまでも優しかった。言葉で言われるより何倍も、夜の心に浸透する。

「太刀川さん」
「何だ」
「私は生きていてもいいかな」

 太刀川は夜の言葉に「愚問だな」と一言だけ返した。それは今の夜には充分すぎる答えで。太刀川が見せた優しさに。まるで失った感情を取り戻したかのように、夜は泣き続けた。


十年後の私へ
 私一人じゃ何も出来なくて、狂ってしまいそうになる。でも太刀川さんや、皆がいつも助けてくれる。私なんか死んだ方がいいんじゃないか、とか生きるどころか死ぬ価値すらないんじゃないか、とか色々考えてしまうけれど、救い上げてくれる仲間が居る。今は。
 十年後、私は生きているだろうか。貴女は存在しているだろうか。時々、不安になるよ。

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