×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

19

 玉狛第二のランク戦は順調だった。二戦目を終え、順位はB級中位のトップ。次の相手は那須隊と鈴鳴第一だ。玉狛第二の真価を問う一戦になりそうですね、と東が締めくくる。
 夜はリアルタイムでランク戦を見ていたのではない。丁度任務が入っていて観覧に行けなかったのだ。
 本部に帰った所で太刀川隊と会い、今日の解説が東だと聞いた。更に太刀川がこれからある人物に会いに行くというので、一緒について行く事にしたのである。人物とは武富桜子、実況席の主の事だ。彼女に限って、色んな人間の実況を密かに録音した物を持っている。つまり、桜子の元へ行けば東の解説が聞けるという仕組みだ。
 勢いよくドアを開ければ、桜子が驚いて悲鳴を上げる。丁度誰かの録音を聞いていた所だった。太刀川と夜は、交換条件を提示し録音を聞かせてもらう権利を得る。

「太刀川さん次のランク戦解説なんでしょう?」
「ああ、そうだったな」

 忘れてたでしょ、とは言わない。東の実況を二人で堪能した後、そのまま連れ立って自販機の前までやってきた。大分夜も更けている。だが夜はまだ眠りにつく気分でもなかった。太刀川もどこまでかは分からないが付き合う気のようで、夜はそれに甘えている。
 ふと思い出したのだ。次のB級ランク戦で太刀川が解説を頼まれたと言っていた事を。だから話題にしてみただけ。もう一人は迅だったか。まともな解説になるだろうか。心配のしすぎか。夜はそんな事を思いながらコーヒーを一口飲む。

「お前寝れなくなんねえの」
「え? 全然?」

 太刀川は何を飲むでもなく壁にもたれかかっている。夜はお構いなしにまたコーヒーを口にした。カフェインの摂り過ぎは不眠の元、メジャーな話だが夜にはそんな事は関係ない。カフェインを摂っていても眠れる時は眠れるし、摂らなくても眠れない時は眠れない。ならば飲みたい時は素直に飲もう、というのが最終的な結論である。害は出ていないのだから、他人にどうこう言われる筋合いもない。

「じゃなく、解説の話」
「俺だぞ? 完璧だろ」
「不安しかない」

 太刀川との掛け合いは嫌いではない。もっと素直に言えば楽しい。本人に言ってもつけあがるだけなので言わないが。逆に太刀川は自分の事をどう思っているのだろうと夜は思う。嫌われては、いない筈だ。面倒のかかる妹、といった所だろうか。夜自身ひねくれている自覚はある。口に出した後に言わなければ良かったと思う事も多いし、それで離れて行った人間も居る。付き合ってくれる柚宇や結花、太刀川を始めとするボーダーの皆には感謝しかない。

「ちゃんと聞いてるから頑張って下さいね」

 空になった缶を捨てる。カラン、と音を立てた後、ゴミ箱の中のそれはもうどれが夜のものだったのか分からなくなっていた。

 そしてやってきたB級ランク戦第三戦昼の部。夜は観覧席の上の方に座る。下の方に迅と太刀川の後ろ姿が見えた。ちらりと目を向けた後、スクリーンに視線を移す。ステージは河川敷Aだと実況の三上が告げる。話を振られた太刀川はきちんと分析していて、夜は太刀川もやれば出来るじゃないかと若干失礼な事を思った。
 迅と太刀川のやり取りを聞いているのは楽しい。一時はあまり大っぴらに絡んでいる所を見られなくなっていたから、何だか不思議な気分だ。

「……暴風雨」

 モニターの中は序盤からハードな展開。太刀川たちの解説も聞きながら眺める。各隊の本気度が痛い程伝わってきた。皆負ける気なんてないのだ。夜が隊に所属しないのは自身の意志だが、ランク戦を観ていると偶に過去の思いが懐かしく、そして少しだけ羨ましくなる事がある。だからと言って隊を組む気もないのだが。羨ましいと思う位が夜には丁度良い。

「気持ちの強さは関係ないでしょ」

 太刀川が言った。それはそうだ。迅は「嫌な一位」なんて茶化しているけれど、太刀川の意見には夜も同感である。結局最後に物を言うのは力量の差だ。気持ちどうこうなど甘い話。少なくとも夜の経験はそれを表している。
 村上と熊谷の戦闘に決着がついた。熊谷が緊急脱出する。村上の方が一枚上手だった、という事だろう。大体予想はついていたので、別段驚きはしない夜だ。寧ろその後の太刀川の言葉に驚いた。

「最後まで粘っていい勝負だったな」

 太刀川はそう言ったのだ。続けて、気合の乗った勝負は大好物だと。夜が最初に感じたのは落胆に近い感情だった。根本的な所で、夜と太刀川の考えにはズレがある。そもそも夜は、負けた方を労わったりしない。夜からしてみれば、気持ち云々関係なく、村上が勝ち残った事実がそこにあるだけ。戦いに慈悲なんていらない。
 ああでも、夜はそこまで考えて大規模侵攻を思い出す。あの時、夜は感情剥き出しで戦ったのだ。他人の事を言える立場には居ない。それぞれ事情があって、負けたら誰だって悔しい。夜は自分の未熟さを思った。太刀川や迅に肩を並べて生きている心算でも、二人はいつでも夜の先に居る。追いつきたいな、と夜は密かに拳を握りしめた。

 激闘の末、ランク戦は玉狛第二の勝利で幕を閉じた。夜は椅子に座ったまま、暫くぼうっとしていた。

「どうだったよ、俺の解説」

 話しかけてきたのは太刀川だ。いつもの余裕ある笑みを浮かべながら、夜に近付いてくる。

「太刀川さんらしくて良かったんじゃないですか」

 適当に返せば、太刀川はそうだろうそうだろうと頷いた。随分上機嫌だ。一方の夜は、何だか無性に体を動かしたくて、早々に太刀川に背を向けフロアへと足を運んだ。


十年後の私へ
 もし私の気持ちがもっと強かったら、今の私の状況は変わっていたのだろうか。皆を失ってしまった日の私に戻ってやり直したいと思う事もあるけれど、今でも未熟な私が過去に戻ったって、何も出来やしない。結果は変わらない。一進一退。そればっかり。気持ちの整理をつけた心算でもこうなんだから、十年後だって。ねえ。


[ 19/30 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]