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12

 事後、夜は本部会議室に呼び出されていた。役員が一同に会しているそこは、自分が居るべき空間ではないなと夜は考える。堅苦しいのは昔から苦手だが、逃げたいという程でもない。
 呼び出された理由は明確で。でもそこには忍田の顔もあったので、夜は然程緊張もしていなかった。この位で緊張していたら皆に笑われるだろうと思ったりもする。夜が選んだ道だ。何も後悔はない事を示す為に、堂々としていなければいけない。困難な道ではないと思っている。夜以上に辛い境遇に立つ隊員なんて人間の手指足指では数えきれない程沢山いるのだ。
 夜とて人間だ。間違った道を進む事もあるだろう。しかしそれを踏まえても、後悔はしたくない。間違えたら正しい方向へ修正すればいい。幸い、道を正してくれそうな仲間は少なからず居る。恵まれているのだ、本当に。

「何故邪魔をした」
「私は言われた通りに動いただけですが?」

 第一声は夜が想定したその通りの言葉だった。だから夜も考えていた通りに答える。何も難しい話じゃない。迅に言われた後、忍田からもサポートをするように指示を受けていた。だから動いただけ。何の問題もないし、苦言を呈される理由も個人的にはない。それに。

「私はずっと桜坂支部の人間です。中立的観点から、自分の意志で選択し、立ち回りを決めます」

 体裁上忍田傘下に分類されてはいるが、夜は無くなってしまった後でも自分は桜坂支部の人間だと確固たる意志を持っている。一人になっても、自分が生きている限り支部は消えないと。だから最終的な決定権は自分にあると思っているし、行動を阻害される筋合いもない。
 夜はいつも、夜として動いている。

 それから忍田のフォローもあって、夜は会議室を颯爽と後にした。悔いていないのだから、申し訳なく思う必要なんてないのだ。ただ、忍田の存在は有り難いと思う。彼が居るから、ある程度の好き勝手が許されている部分もあるだろう。

「よう」
「太刀川さんか、大きな餅かと思った」

 通路を歩いていたら、太刀川を見つけて足を止める。風間も横に居た。ひとまず声をかけてきたのは太刀川なので、夜はいつもの憎まれ口で応答する。余裕そうに笑いながら声をかけてくる太刀川に少し苛々したが、立場もあるだろうから言及はしないでおく。太刀川も風間も、仕事をしただけ。根本は夜と同じなのだ。

「裏でこそこそしてたな?」
「太刀川さんが気づいてるからこそこそじゃないですね」

 気づかれていたか、とは思わなかった。気付かれていて当たり前だと思っていたからだ。こそこそしていたのは事実だが、それを以ってしてこちらに何の対策もしなかった太刀川に、自分は泳がせても問題ない要素だったのかと少し悔しさを感じた。現場では、夜もそう自覚していたのだから、考えが矛盾している。しかしそれに気づく事はない。敢えて気づかないふりをしていたのかもしれない。
 だから「屁理屈だな」と言われても「何とでも」と返す事しか出来なかった。どうも太刀川相手だと余裕のある会話が出来ない。それが何故なのか、夜には分からないから厄介だ。太刀川には分かっている風なのも、厄介である。こればかりはどうしようもない。

「玉狛の新人はそんなに有能なのか?」
「さあ」

 風間だ。的確な所を突いてくる。こればかりは夜にも分からない。だから本心を答えた。空閑とは少し会って話しただけで、どんな人間なのかは知らないのが正直な所だ。ただ迅が肩入れする位だから、今後ボーダーに必要な人間なのだと思った。それだけである。

「知らずに行動したのか」
「余計な情報入れると行動が鈍るじゃないですか」

 続けられた風間の半ば呆れたような質問にも、夜は相変わらずのトーンで自論を組み込む。余計な詮索はしない、が夜の信条だ。変に感情移入すると任務の精度を欠く時がある。それならば、非情になるとまではいかないが余計な詮索をして肩入れするような事にはならない方がいい。
 自分で言ったのだ、中立的観点を持つと。ある程度の情報収集をする事もあるが、今回は依頼主が迅。それだけで、意志は決まっている。これが太刀川だったらどうだろうと夜は考えた。聞くのかもしれない。二人は何処か似ている。ただある程度詮索はするだろう。太刀川はいやらしい男だから。

「まあいいか。ここで言い合っても何も変わらないしな」

 話に線を引いたのは太刀川だった。風間も特に責める心算はないようで、そうだな、なんて手に持った飲み物を口にする。夜はほっとする。上層部に意見するより、太刀川や風間に尋問される方がよっぽど堪えるのだ。

「いい引き際だ餅川」
「お前もう飯奢ってやんねえからな」

 真面目返すよりふざけた方が、なんて思ってはいないが、夜の口から出てきたのは茶化すような言葉だった。太刀川もそれに乗ってきて、無意識に安堵する。この雰囲気は好きだ。風間は隣で呆れている様子だが、止めはしない。分かっているからだ。
 夜は流れに任せるまま言葉を続ける。

「嘘ですごめんなさい太刀川さん大好き」
「嘘くさいな」
「ワタシ、ウソ、ツカナイ」

 態とカタコトの日本語を演じる。何だか楽しくなってきた。太刀川と会話する時に良く覚える高揚感が、今の夜にはある。太刀川と関わるのを苦手だと思った事はない。怖いと思う事もない。一時避けていた事もあるが、今となっては何故そんなに負の感情を溜めていたのかも分からない。

「日本語不自由か? 教えてやろううか」
「風間さん太刀川さんが虐める」

 貴方に教わる程日本語不自由じゃないです、とは言わなかった。その代わり風間に助けを求める。これも態とだ。風間も分かっている。面倒になりそうだと思ったのか「俺に振るな」と一言だけ口にした。
 実のある会話は何一つしていないが、夜は満足だった。馬鹿馬鹿しい会話にだって、ちゃんと意味があるのだ。


十年後の貴女へ
 時として味方が敵になる時がある。その逆だって。でもね、それでも、最後に皆笑ってられたらそれでいいと思ってるんだ。甘いかな、間違ってるかな。今の私には分からないけれど、十年後にまだ笑っていられたら、きっと正しかったって事だよね。
 貴女がこれを読んで、自分は何て馬鹿なやつだったんだろうって失望しない事を願っているよ。


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