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「ちょっと一緒に来てくれない?」
本部にて。夜がその姿を捉えるより早く、迅が話しかけてきた。珍しい事もあるものだと夜は思う。迅にこんな風に誘われた事はない。夜の頭の中は疑問が半分、自分を態々誘う事への興味が半分。迅が言うのだ、特別な何かがあるのだろう。
何処へ行くのか、とは聞かない。何処だろうと夜にはついて行く時間がある。迅にはきっとその未来も見えている。だからこんなに余裕でいられるのだ。イレギュラーはあるのかもしれないが、全て分かっていての迅なのである。
連れて行かれたのは玉狛支部だった。勝手に何か特別な場所を期待していた夜は若干拍子抜けする。
ただそこには、見たことのない三人の男女が居た。玉狛支部の新人だろうかと夜は思う。だがそんな話は一言も聞いていない。うまく状況を把握できないでいる夜に三人は頭を下げた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……初めまして」
「こんにちは、迅さんのオトモダチ?」
女の子が一人に、眼鏡の男の子と白い髪の男の子。皆中学生、なのだろうか。一見では判断出来ない。それでも夜より若いという事だけはハッキリ言える。
三者三葉の挨拶に、夜は慌てて言葉を返す。
「こんにちは、私は茅野夜です……じゃなくて、迅さん説明プリーズ」
しっかり名乗りはしたが状況についていけない事に変わりはない。夜は助けを求めようと迅に視線を投げかけた。こういう状況になるのも迅は分かっていたはずだ。質が悪い。夜はエスパーではない。言って貰わないと分からないのだ。迅は悠長に三人の名前を口にするが、夜が聞きたいのはそういう事ではない。話が見えなくて困ってしまう。
「あっちで話そうか」
一通り紹介を終えた所で、迅は自分の部屋の方を指さした。ここで話す内容ではないらしい、そう察した夜は促されるまま迅の後ろをついていった。
「で、用事は何ですか?」
「遊真は近界民なんだ」
唐突に明かされた事実。それは話す人間を選ぶだろう。夜の支部は近界民との戦いで解体している。恨みは充分に持っているが、だからといって近界民全員を憎んでいる訳ではない。桜坂支部が無くなったのは、遊真のせいではないのだ。そこの辺りは夜はしっかり弁えている。迅にどんな意図があるかはまだ分からない、が、迅が夜を遊真に引き合わせたのは理由があるはずだ。
「近々遊真のブラックトリガーを太刀川さんたちが狙いに来る。嵐山たちに援軍を頼んではいるけど、夜にもこちら側で参戦して貰いたい」
なるほど、と夜は頷いた。迅は真面目な話をする時、偶に夜の事を呼び捨てにする。無意識なのかどうなのか、どちらにせよ迅がそう呼ぶ時は夜も多少なり身構える。迅は迅の思う最適を元に行動している。本人はそれで罪を背負う事もあるようだが、夜は迅を信頼していた。数ある選択肢の中からたっ一つを導き出す難しさは、きっと夜には計り知れない。だからそれをやってのける迅には頭が上がらないし、尊敬している。
「といっても前線に立って貰いたい訳じゃないんだけど」
「牽制ですかね」
太刀川に向かっていっても夜に勝算はない。嵐山隊が来るなら戦闘力も問題ないだろう。だとしたら夜が出来る事は限られている。迅は「流石」と手を鳴らした。
「物分かりが良い。夜がこちらに居ると分かるだけで、陣は有利になる」
嵐山隊は忍田傘下。夜も一応その傘下に入っている。ブラックトリガーが関わるとなれば、本部は見過ごせない筈だ。そこで忍田の下に居る嵐山隊が迅側についているという事は、幹部でも意見が割れているという事だろう。
大事にならなければいいのだが、と思った所で、大事にならない為に迅が動いているのか、と夜は考え直した。
「迅さんの頼みは断れないよ。そうする理由があるんでしょ。了解しました、援護します」
「有難う」
礼を言われるような事ではない。何の事はない、迅が描く最適に向かって進むだけだ。ただ、勝ち目がないと分かっていても太刀川と見合ってみたい気持ちはある。腕一本くらい頂けないだろうか、と物騒な思考が頭を過る。きっといつも太刀川にやられてばかりで鬱憤が溜まっているのだ、と夜は自分を落ち着かせた。落ち着かせたが、ほんの少しの好奇心で聞いてみる。
「因みに私が太刀川さんに向かっていく未来は?」
「それ聞く?」
迅のその言葉で大体を察した夜は、それ以上の追及をするのをやめた。つまり、そういう事なのだろう。悔しい気持ちはある。だが意地を張った所で迷惑をかけたら意味がない。ここは先に返答した通り迅の指示に従うのが一番なのだろう。
太刀川はまだ遠征から帰ってきていないが、迅の口ぶりだともうすぐらしい。久しぶりに顔を合せてすぐに対立とは、中々ハードだなと夜は思う。直接会えるかは分からないが、正直面倒な事になりそうな気がしないでもない。太刀川のことだから問い詰めたりはしないだろうが、後々絡まれそうだ。玩具にされるのは御免被りたい。
夜が何を考えようが未来は現実になるわけで。迅のシナリオの全体図は分からないけれど、きっと最終的にはボーダーの為だと思うから。
話に区切りをつけた所で、夜はやれる事をやるだけだと決意を新たにした。
十年後の私へ
一時とはいえまさか太刀川さんと敵対する事になるとは……個人戦とはわけが違う。私は本当に、役に立つ事が出来るのかな。在籍年数は長いけれど、私には力なんてない。居ても居なくても同じだと思う時が沢山ある。貴女はどう? 自分が居る意味、見つけられてる? 貴女がどう在るか私には想像出来ないけれど、少しでも成長出来ているなら、私はそれに向けて頑張るよ。それが、私に出来る事だよね。
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