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8.心の先

 伏黒の姉のやり取りがあってから少し後。郁は変わらず伏黒に付き添われ高専に赴いていた。多少気まずくはあるが、そんな事も言っていられない。ここで伏黒と一緒は嫌だと言った所で相手を困らせてしまうだけだし、それ以前に郁は伏黒と行動する事を嫌だとは思っていないのである。ただ、もう一度謝った方がいいだろうかとは考えた。もしかしたら伏黒の方が郁に付き合わされるのを嫌だと思っているかもしれない、とも。それは少し、傷つく。自業自得であっても、だ。

「わりい、この前は言い過ぎた」

 沈黙の中、どう話を切り出そうかと郁が考えていたら、伏黒の方が先に口を開く。しかもそれは謝罪の言葉で。郁が言おうと思っていたものだ。先を越されてしまい、郁は何と返したらいいのか分からなくなってしまう。伏黒の求める答えとは何か、考えた。ちらりと顔色をうかがえば、目線は前を向いているが若干気まずそううなじを掻いている。

「いいよ別に。誰だって突っ込まれたくない事の一つや二つ抱えてるもんね。私が無神経だった」

 早口になったが、大体の言いたい事は言う事が出来た。郁は伏黒の方を見て笑ってみせる。伏黒は「そっか」とだけ呟いた。その“そっか”が一体どんな意味を含んでいるのか、郁には分からなかった。それで良いのだと思う。郁と伏黒の関係は不安定だ。指示一つで切れてしまう縁。伏黒が郁の事をどう思っているかも分からない。けれど郁は、自分が伏黒に惹かれ始めている事を自覚していた。まだ再会して間もないのに、単純だなと思う。だが、伏黒から向けられる優しさは郁にとって他の誰から向けられる優しさとも違っていた。少なくとも、郁はそう感じている。表面上は決して目立って温かくはないのだけれど、奥深くに手を伸ばせばじんわりと温もりが伝わってくる。今まで郁の周りには居なかったタイプ。だから惹かれたのかもしれない。これが恋なのだろうか。多分、違うのだろう。でも伏黒が郁の中で大切な人に振り分けられているのは事実だった。だから嫌われたくないのだ。

「夏目もそうなの」

 不意に伏黒が疑問の言葉を口にする。郁は少し考える。突っ込まれたくない事について。それまで伏黒の事を考えていた事もあって、浮かんでくるのは伏黒への思いや、関係の事ばかりだった。ただ本人にそんな事は言えないので「さあ、どうかな」とだけ口にする。思いのほか楽しげなトーンになった。伏黒は眉を顰める。当たり前だが、郁の言葉は伏黒が望んだものではなかったようだった。伏黒と郁の足が止まる事はない。郁の高校から呪術高専へ向かうまでの戯れは続く。

「はぐらかすんだな」
「ごめん、意地悪だったかな」

 口では謝りつつも尚楽しそうな郁。なんでそんなに上機嫌なんだ、と伏黒は思いつつ、しかし聞きはしなかった。楽しいならそれで良いだろう。郁も慣れてきたのかもしれない、そんな事を思っている。

 ただ「別にいいけど」とだけ口にした。そんなに掘り下げようと思った話題でもない。聞いたとして、伏黒に何が出来るかと問われても何も出来ないのだろうから。何も知らないな、と伏黒は思った。知った所でどうでもいいとも思っている。ただ、郁の様子は少しだけ伏黒のストレスを緩和してくれた。会話は苦ではない。一緒に居るのも苦でない。けれど何となく、郁には伝わっていないだろうと考えた。どう伝えればいいのかも分からないし、そもそも伝える気もない。ただ、郁が穏やかな生活を送れるようになればいいと思った。伏黒には、郁がどこか強がっているように見えたから。

「やっぱり伏黒くんは優しいね」

 郁は言う。本心だ。正直、呪霊を引き寄せる人間なんて一緒に居たくはないだろう。もしくは利用しようとするかの二択だと思う。呪術師であれば後者ではないか。郁は自分が利用される為に高専へ足を運んでいるのを分かっている。分かって、受け入れている。当然な事だ。郁は被験体なのである。でも伏黒は、そんな郁にも優しくしてくれる。ただの任務だと割り切る事も出来るのに、伏黒との会話には感情があった。郁はそれを嬉しく思う。

「そう言うのなんて夏目くらいだ」
「じゃあ、私が特別なのかな?」

 少し揶揄ってみたくなった郁は伏黒に問いかける。それを聞いた伏黒は少し考えた後「……どういう意味」と疑問で返した。正直、深い意味などない。そうだったらいいなと思っただけだ。

「知らなくていいよ、知って欲しいわけでもないし」

 ただ不意に、思った事を言っただけ。不服そうな伏黒とは対照的に郁は変わらず上機嫌だ。もっと仲良くなりたいと思った。久しぶりに芽生えた感情だ。伏黒が迷惑がるならやめようと思ったが、現時点では本気で郁の世話を嫌がっている様子はない。迷惑がられたらそれまでだが、上手く付き合えば互いにもっと近づけるのではないか。浮かれている、それは郁も自覚している。本来こんな事を考えている場合ではない事も。でも、いいじゃないかと思う郁も居る。憂鬱な事ばかりでは。心が死んでしまう。

「適当かよ」
「ふふ、そうかもね。気にしなくていいからね」

 高専の門が見えてきた。五条が立っている。今日のおしゃべりはここまでだ。郁は伏黒に「有難う」と一礼をし五条の元へと足を進めた。
 伏黒はその背中を見つめながら、郁の言葉の意味を考えていた。


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