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9.影と陰

 気にしなくて良い、郁は伏黒にそう言った。態々言うくらいなのだから、本当に気にする事はないのだろう。けれど考えてしまう。郁は一体どんな意図であの会話をしていたのか。何を考えているのか。些細な事、で引っかかる。少なくとも、他人に興味がなさそうという認識は訂正する必要がありそうだった。
 伏黒はなんだかはっきりとしないまま朝を迎える。

「恵、任務だよ」

 五条が声をかける。単独任務だ。そんなに珍しい事でもない。郁の事はひとまず気にしない事にしようと、伏黒は待機していた車に乗り込む。現場までの道中、軽く説明を受けた。特に問題もなさそうだ。さっさと終わらせて帰ろうと考える。少し、面倒臭かった。郁の付き添いは苦でないのに、通常任務は面倒なのかと自嘲したくなる。普通に考えれば逆だろう。郁との関わりの方が面倒ではないか。思う事と実際の事が逆で、伏黒は戸惑ってしまう。ひとまず、郁は高専にとってもある手重要な位置に居る人間なのだからと、適当な言い訳で自分を誤魔化した。実際間違っていないのだから、問題はないだろう。

 車が現場へ着く。補助監督が帳を下ろすと共に、伏黒はビルの中へ足を踏み入れた。玉犬を先行させ探っていく。
 伏黒は単独任務を任される事に対して、自分はそれだけの能力が評価されているのだと思っている。過信はしていない。自分に出来ない事も沢山ある。もっと強くならなければいけないとも思っている。守らなければいけない人間が居る。伏黒には伏黒の意志がある。それは曲げない。姉が目を覚ます時まで、強く生きなければならないのだ。
 帳の中を進んで行く。目的の呪霊はすぐに見つかった。大きな図体で、ビルの奥に巣食っていた。

「玉犬、喰え」

 式神を使って呪霊を倒す。思ったより簡単に任務を終える事が出来た。伏黒はふうっと一息つく。あとは帰るだけ、そう思ったのだが、倒した呪霊の更に後ろで、何かが動いている事に気が付いた。思わず身構える。すぐに式神を出せるよう印を組もうとした所で、奥から「伏黒くん?」という声が聞こえた。伏黒は声の主を知っている。郁だ。

「またお前か……」

 今この場に限っては至極面倒だ。そう伏黒は思う。伏黒の呆れた声に乗って思いも伝わったのか、郁は今にも泣きそうな顔をする。

「ごめん、ごめんね」

 繰り返す郁に、謝るなと返すのも億劫な伏黒は仕方なく郁の傍へ。そうして手を引いて立たせる。郁は俯いていて、その手は少し震えていた。見えていても何も出来ないのはさぞ怖かろうと、伏黒は思い直す。だが一度面倒だと思ってしまったら感情を拭い去る事も出来なかった。下校の付き添いとは訳が違うのだ。現状、郁は異物だ。確かに高専の世話になるわけだと、伏黒は今更ながら納得する。というか、これまでどうやって生きてきたのだろう。

「ごめん……」
「いいから、帰るぞ」

 伏黒はそのまま郁を連れて帳が上がったビルを歩く。待機していた車に乗り込んで、その場を後にした。

「何であんな所に居たんだよ」

 車の中で問いかける。車を使った方が早いような場所だ。しかも今は時間的にまだ学校の授業は終わっていないはず。郁がビルに居た理由が分からなかった。郁は「ええと」と言葉を濁している。言いにくい事でもあるのかと考えた所で、言いにくい事でしかないかと伏黒は思い直した。現にちらりと盗み見た郁の視線は泳いでいる。

「夏目?」
「三又の、猫が」

 郁の言葉に伏黒は「はあ?」と声を上げた。明らかに生きているものではない猫を追いかけていたらいつの間にか遠く離れたビルに居た、と郁は説明した。追いかけてはいけないと分かっていても、意思とは関係なく体が動いてしまうのだ、とも。とすれば、郁と猫の因果関係を解けば何かしら分かるのではないか。

「それ、他の人たちには言ってんの」
「うん……不用意について行かないように、もし出来たら連絡するように、って言われてるんだけど」

 気が付いたらついて行ってしまう、と郁は続けた。連絡すれば良かったものの、それも抜け落ちてしまっていたらしい。目が泳いでいる理由はそれかと、伏黒は納得する。しかし自分で制御出来ないのであれば仕方ないのではないか。兎に角、今日任務で郁に会った事は五条たちに言わなくてはならない。郁側の弁明もきちんと添える心算だ。そのうえでどう事柄が動くのかは、伏黒の与り知る事ではないのだが。

「ちょっと待ってろ。家まで送ってく」

 高専に着くなり、伏黒は郁にそう声をかけ返事を聞かぬまま任務の報告をしに向かう。手短に済ませ、五条に後で郁について話す事があると伝えた後すぐに校門へ戻れば、郁は一人ぽつんと立っていた。断っても意味がない事を悟った郁は「行くぞ」と言う伏黒の隣に並ぶ。
 送ると言っても伏黒は郁の家を知らない。道案内はどうしたって必要だ。だから郁の歩幅に合わせ、態と隣を維持した。互いに無言で、時たま郁が「こっち」と指示を出す。着いたのはそこそこ新しいアパートだった。

「一人で住んでんの」
「そう。父が居たんだけど」

 居た。その言い回しだけで察した伏黒は「そうか」と一言だけ口にした。どうやら大家が親戚筋に当たるらしく、特別に住まわせて貰っているらしい。郁は、一人。不安ではないだろうか。不安だろう、しかしそこまで首を突っ込んでいいものか、伏黒には判断出来なかった。だから敢えて流した。話したくなったら話すだろうと。郁は口下手ではない。今はまだ、その時ではないだけ。上がっていくかと問いかける郁に、しかし伏黒は首を振った。郁の困ったような顔は、暫く忘れる事が出来なかった。


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