×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

15.理想のない現実

 それはどんよりとした曇り空の日だった。かといって雨が降る気配はなく、それが一層郁の気分を沈ませた。降るなら降ってくれた方がすっきりして良いのに。高い湿度が気持ち悪い。
 少し、高専へ行かない日が続いた。郁は授業を受けながらぼんやりと空を眺める。何とも普通の女子高生らしい生活をしている、と言い切れないのはどうしても偶に視界に入ってしまう呪霊のせいだ。しかしそれが郁の日常。もう慣れてしまった。少し前までの郁ならばただただ怯える事しか出来なかったが、今は知識がついている。対処が分からなくとも見えるあれが何なのか知識があるのとないのとでは気の持ちようも違うものだ。

「つまらないなあ」

 小さく呟いた。誰にも聞こえないその言葉。日々過ごすというのはこんなにも退屈な事だったろうか。問いかける相手が居ないから、答えも分からない。五条辺りならおあつらえの回答を用意してくれるだろうか。ふと郁の頭の中に姿が浮かぶ。五条は郁にとっての非日常のきっかけになった人物だ。少なくとも、郁にしてみれば。それから、伏黒との再会。思ってもみなかった。必然なのか偶然なのか、郁の高校生活ががらりと変わったのは事実だ。多分、良い方に。
 高専へ行く事で、新たな友達も出来た。虎杖も野薔薇も親しみやすい人間だと郁は思う。もっと仲良くなりたい。話してみたい。

 そろそろ高専へ呼ばれないだろうか。そんな事を考えていたら、連絡が来ているのに気付いた。思い当たる節は一つ。郁に連絡を寄越す者は多くない。時は昼休憩。郁は一人、自分で作ったつまらない弁当を食べている。
 連絡の主は五条だった。今日伏黒が迎えに行く、そんな内容。伏黒からの連絡はない。くれたっていいだろうに。
 前回会った時に変な態度を取ってしまったので、会うのは楽しみなのだが、少し不安でもあった。伏黒はどんな顔で現れるのだろう。きっと、何も変わらない。伏黒はそういう人間だと、郁は認識している。今日も他愛ない話をしながら高専へ向かうのだ。それだけ。
 午後の授業は午前のそれより長く感じた。早く学校が終わらないだろうか。郁はそればかり考えていた。それはそれとして授業はきちんと受ける。学生の本分も忘れてはならない。郁は真面目な人間なのだ。
 そして放課後。いつもの場所に伏黒は居た。

「ごめん、待たせた?」
「大丈夫だ」

 担任から頼まれた用事を済ませていたら少し遅くなってしまった郁。久しぶり、と続けようとしたのだが伏黒に違和感を覚えた。対応はいつも通りだし、別に不機嫌でもないのだが、何だか話しかけづらい雰囲気を纏っているように思える。郁は迷う。聞いてもいいものだろうかと。第一、郁の思い過ごしかもしれないのだ。若しくは聞かれたくない内容かも。その場合、もっと伏黒との関係の糸が拗れてしまう。それは嫌だった。結局、郁は黙る事を選択した。

 伏黒は考えていた。言うべきか、言わない方が良いのか。言わなくていいならそれが一番。でも郁は出会ってしまっている。いずれ知るなら、自分の口で。そんな事を考えていたら、自然と足早になっていた。

「伏黒くん、待って」

 郁を置き去りにしてしまう伏黒。駄目だ、そう思った。いつもの自分ではないと。黙っていて郁が不安になるのならば、黙っているだけ損だ。伏黒が振り返る。二人の足が止まる。

「虎杖が、死んだ」

 簡単には信じられない、現実。郁は意味が分からないとでも言うかのように「嘘」と小さく口にした。その言葉は伏黒の耳にしっかり届いていて。反応がない伏黒に、郁は今度は声を荒げて認めたくないと主張する。

「この間会ったばっかりで」
「事実だ。こんな嘘つかねえよ」

 伏黒の言葉を受けて尚、郁は納得しない。死体を見るまで信じないとでも言いだしそうな勢いだ。郁の頭の中に虎杖の顔が浮かぶ。友達の顔だ。数少ない友達。その笑顔は、はっきりと思い出せた。だからこそ、信じたくなかった。

「何で……」
「呪霊にやられた。明らかに俺たちじゃ祓えない強さだった」

 そんな危険な任務に、伏黒たちが宛がわれたというのか。もっと強い呪術師が居たのではないか。だって伏黒が生きているという事は、助っ人でも居たのではないか。虎杖の素性を知らない郁の思考は、明後日の方向に向かって行く。

「何で虎杖くんが死ななきゃいけなかったの」
「俺だって分かんねえよ!」

 伏黒はしまったと思ったがもう遅い。郁の表情をまともに見る事が出来なかった。諦めてしまったような、その目を。郁は少し俯き、そして「ごめん」と口にした。言い淀む伏黒の言葉を待たず続ける。

「無神経だったよね。私は部外者なのに」

 気にしないで、郁はそう言った。虎杖の事で悲しいのに、余計な仕事を増やしてごめん、と。
 伏黒は余計な仕事だなどと思っていないのだが、今の郁には届かない。もう一度、ごめんと言った後黙る郁にかける言葉を、伏黒は思いつく事が出来なかった。ごめん。そんな言葉聞きたくないのに、言わせているのは伏黒なのだ。

 郁の方が先に動き出す。伏黒が後ろをついて行く形になる。名前を呼ぶ事は出来なかった。あっと言う間に高専へ着いてしまい。その日、再び二人が顔を合せる事はなかった。
 郁はただ、つまらないと言ってしまった日常に、後悔していた。


[ 15/28 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
>