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16.それぞれの

 強くならなければならない。伏黒は思う。虎杖が目の前で死にゆくのを、見ている事しか出来なかった。仕方ないと言われるかもしれない。だが正解だったのかは分からない。違う答えがあったのではないかと、そんな考えが頭を過る事がある。
 時は待ってくれない。伏黒は虎杖の死の後、自分の日常生活に戻ろうとしていた。二年の先輩たちと訓練。京都高との交流会があるのだ。伏黒と野薔薇は毎日、近接戦闘を実践形式で学んでいる。自分は強くなっているだろうか。不安は拭えない。けれど誰かを守るには、まず強くなる事が最低条件だ。強くならなければ何も始まらない。先輩たちは強い。きっと伏黒自身も強くなる事が出来るはずだ。

 訓練と訓練の合間。小休憩しながら、伏黒はぐっと拳を握りしめた。脳裏に郁の顔が浮かぶ。郁も守る対象に入っている。郁を守る事も任務だ。任務だからだろうか。津美紀に関する事は任務ではない。伏黒の個人的な事情である。対する郁はどうだろう。前回会ってから、また暫く会っていない。郁に会えば、答えは出るのだろうか。恐らく、伏黒が姿を見ていないだけで郁は高専を訪れているのだろう。郁を取り巻く環境については、何一つ解決していない。猫の存在も気になる。

 伏黒は思考を巡らせる。郁とは所詮指示がなければ会わない。ここの所少し距離感が近くなっている気もしていたのだが、最後に会ったあの日、別れ際の郁の様子を、伏黒は忘れる事が出来なかった。意図的に郁が自分を避けているのではないか、とさえ思ってしまう。任務が減るのは悪い事ではないのだが、少しの喪失感。伏黒にはこの感情の名前が分からない。

 伏黒が居なくなっても郁の生活は変わらない。郁が居なくても、伏黒の生活も変わらない。それが事実だ。けれど関わってしまった。郁は何をしているだろう。考えかけて、今必要な思考ではないと伏黒はたった今思った事を頭の隅に追いやった。

「もう十分休んだろ、再開すんぞ」

 先輩の一人、禪院真希の声がけに返事をし、伏黒は立ち上がった。

 強くならなければならない。郁は思う。守ってもらってばかりでは駄目なのだ。
 虎杖が死んだと聞かされた。あまりにも突然すぎる訃報。呪術師は常に死と隣合わせなのだと実感させられた。それと同時に、自分も近い位置に居るのだという事も。だから、ただ守られる対象では居たくなかった。

 最近は五条が迎えに来る。伏黒にはやらなければいけない事がある、と五条は郁に説明した。それが何なのか、郁は言及していない。聞いても何も出来ないと思ったからだ。考えてみれば、伏黒がどんな学生生活を送っているのか、郁は知らない。聞いた事がなかった。正しくは、聞いて良いのか分からなかったと言った方が良いかもしれない。知りたいとは思う。けれど、自分との差を思い知るのが怖かった。手が届かないと思ってしまったら、郁はもう何も出来なくなる。仲良くしたいのだ。繋がった糸を切りたくない。だから強くなりたいと郁は思うのだ。

「ねえ、夏目さん。最近夏目さんを迎えに来る人って、誰?」

 掃除をしていたら、不意にクラスメイトに声をかけられた。五条の事を言っているのだろう。伏黒は少し離れた所で待っていてくれたが、五条は問答無用で校門の前で待っている。郁はどう答えればいいのか迷った。自分の置かれている状況を説明しても、多分信じて貰えない。頭がおかしいと思われるかもしれない。それだけ特殊な立ち位置に居ると、郁は自覚している。

「え、と……親戚の、お兄さん」
「え! お兄さん格好いいね!」

 郁を迎えに来る時、五条はサングラスをかけてくる。愛想は良いしすらりとした手足の高身長。女子高生には格好良く見えるのかもしれない。軽い口調で話してくれるので、郁も苦手ではない。いきなり関係を問われたので、咄嗟に嘘をついてしまった。後で謝らねばと郁は思う。
 何をしている人なの、だとかいくつなの、だとか、質問は全て適当に流した。五条の事など、伏黒の事以上に知らない。ただ変な誤解が生まれないように上手く躱せたとは思う。自信は、ないのだが。

「やあ郁、行こうか」

 さっさとやる事を終わし急いで帰り支度をしたら五条の元へ向かう郁。五条は能天気に手を上げてみせた。郁は軽く頭を下げ、それが合図かのように二人は歩きだす。
 一応、教室での事を話すと、五条は「兄ポジもいいね」と笑ってのけた。悪い顔をされなかった事に郁は安堵する。

 変わらぬ風景の高専。最近では、これも実験の一つと五条と組手をしたりしている。郁は大人しさから勘違いされやすいが、運動は苦手ではない。五条は手加減が上手く、武道の類など習っていない郁でも動きを教えてもらいながら何となく形にする事が出来た。五条と組手をした後は呪骸と軽めの一戦。呪骸との攻防では、偶に変な感覚に陥る事があり、それも報告している。
 郁は相変わらず何も分からなかったが、夜蛾や五条はそうでもないようで。郁にしてみればもどかしかった。

 補助監督に送られ家へ。車を見送った後、しかし郁は帰るという事をしなかった。車から降りたその足である場所へ向かう。
 呪霊が集まりやすい場所は聞いていた。そこに行かないように、だ。郁は今その中の一つの場所へ向かっている。

「にゃあ」
「案内してくれるっていうの」

 いつの間にか猫が居た。三つ又の。普段生活していても巻き込まれるのだ、行けば呪霊は必ず居る。役に立ちたい。守られているだけの存在はごめんだ。だから、自分に出来る事を探すんだ。郁の決意は固かった。
 一人と一匹が、街の中へ消えていく。もうすぐ、日が暮れる。


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