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7話 ソーダ

「堂々と居眠りしてんな」
「そうだな。珍しい」

 葵は教科書はよく忘れてくるしたまにサボったりするけれど、出席した授業で寝るような事はない。だが今日の葵は少し違っていて、古文の授業中居眠りをしていた。
 確かに古文は眠くなる授業だが、それにしたって珍しい。しかも授業が終わった今、葵はまだ起きる気配がない。

「起こすか?」
「いや、いいんじゃね」

 次の授業も移動教室ではないし、まあそのままでも問題ないかと思って米屋の言葉を否定する出水。葵が起きたら何故起こしてくれなかったのかと怒るだろうかとも思ったが、それでも根本的には寝ていた葵が悪いのだし、責任転嫁される覚えもないのだからいいだろう。

 何よりこんなに気持ちよさそうに寝ている葵を起こす事に、出水は罪悪感を覚えた。もしかしたら昨日の夜眠れなかったのかもしれない。眠れない何かがあったのかもしれない。それなら、起こしてしまうのは若干可哀想だった。
 学校とは授業を受けに来ている場所なので、そんな思考に至る事がおかしいのだが、可哀想と思ってしまったのだから仕方ない。

「お前遠野には優しいよな〜」
「は?」

 急な米屋の言葉に出水は声をあげる。特別優しくしている心算はない。ただ、思った事がそのまま言動に現れているだけだ。隣の席だから、他の女子より接する機会が多いだけ。それだけだ、と出水は思っている。思うようにしている。だから米屋の言葉には多少ひっかかりを覚えた。

「いや、違うか。へたれ」
「何がだよ……」

 へたれとも思った事はない。何についてそう言うのか。出水は米屋の思考回路が分からない。繰り返すが出水はただ、思った事を言動に移しているだけだ。別に特別視しているわけでもないし、特別視されていると思った事はない。

「取られんぞ」
「おれのもんじゃねえし」

 出水は、それは米屋がかけられるべき言葉だと思っている。米屋は葵の事をどう思っているのだろう。葵は米屋の好みではないのだろうか。米屋は他人の機微に鋭い男だ、葵が気を向ければきっと気づくはず。ならば米屋にはその気はないという事か。
 出水は、少しだけ葵の事を不憫に思った。

 それと同時に、何故米屋がそんな事を言ったのかも、出水は不思議に思った。きっと葵は自分にそんな感情は持っていないだろうと思っている。
 出水と葵は、ただ席が隣なだけだ。

「へたれ」
「ああ?」

 再度投げかけられた言葉。いい加減にして欲しい。話の出口が分からない。一体どう返答したら正解だというのだろうか。

「お、起きた」

 そんなやり取りをしていたら、放置していた葵が自分から目を覚ました。目敏い米屋がすぐに気づく。

「ふわあ、おはよ」
「おはよじゃねえよ呑気だな」

 大きく背伸びする葵に思わず突っ込む出水。そう、自分と葵はこんな関係だ。決して米屋が思うような関係にはなり得ない。

「いやあ昨日寝るの遅くてさ、睡眠不足なんですよ」

 やはり推測は当たっていたらしい。何故睡眠不足なのか、聞いてみようかと言いかけたがそこまで突っ込んでいいものかわからなかったし、聞かなくても支障はないので口には出さない事にした。
 実際、葵は単純に見たい深夜特番を最後まで見てしまっただけだったのだが、聞かれる事のなかった事実は明らかになる事はなかった。出水が考える程難しい理由でもなかったのだが、そこは性格だ。これだけ元気なら大丈夫だろうと、それだけ思った。

「まだ三時間目だから昼まであと一時間寝れるぜ?」
「お前じゃねえんだから」
「よし寝るか」
「いや乗ってんなよ」

 米屋の誘惑に葵が乗っかる。出水の突っ込みが追い付かない。本当に気の合う二人だなと、気分的に一人線を引かれているような感覚に陥る。バカと天然、と言おうとしたが口の回る二人がどんな反応をしてくるか分からなかったので、口に出すのはやめておいた。

「いやでも本当……ふああ」
「堂々と欠伸をするな欠伸を」
「いいじゃん授業中じゃないもん」

 葵の言っている事は事実だ。授業中隠れもせず大きな口を開けて欠伸をしていたら、教師も注意するだろうが今は授業中ではない。欠伸をしようが伸びようが自由だ。しかも葵はいつの間にかちゃっかり次の授業の準備を終えてしまっている。手際の良さに驚きだ。

「次の時間寝てたら出水くん起こしてよ」
「そりゃ別にいいけど」

 不意に葵によって出水に役割が振り当てられる。起こす位なんて事はないし、起こさなくて葵が怒られる位なら起こしてやろうと思う。
 同時にこういう事を言う葵は、きっと寝ないだろうとも推察した。だからこの会話は、きっと戯れだ。

「優しく起こしてね」
「さあ、どうだろうな」

 だから出水は技と茶化したように口にする。万が一本当に起こすような場面になったらそっと起こす心算だ。だが葵の言葉にただ頷くのは癪だった。先ほどまでの米屋との会話が頭のどこかに引っかかっているのかもしれない。

「出水くんが意地悪だ!」
「基本寝る方が悪いんだからな?」
「うう……」

 これ以上ない程の正論に、葵は何も言い返す事が出来なかった。こうなったら次の授業意地でも寝てやると思ったのだが、思い通りに寝る事なんで出来ない。
 結局葵はその後の授業はきちんと受け、昼食後もなんて事なくこなし、一日を終えた。

 出水と葵の距離はどうしたら縮まるというのだろう。知る者は居ない。米屋でさえ、手を焼いている。そんな事を気づいてすらいない出水は、今日も疲れたと米屋と二人ボーダーへ向かうのだ。

 教室では葵が、他の女子と当たり障りない話で盛り上がっていた。気づかない、気づかれない。こんなにも露骨なのに。

 どうしたものかと、思案する人間は第三者の一人のみだった。

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