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6話 レモン

「天気予報外れてんじゃん」
「雨だって言ってたのにね」

 そう、天気予報では確かに雨と言っていた。だから葵はしっかり折り畳み傘まで持ってきた程だ。だと言うのに空はいつまで経っても泣く様子はない。曇天ではあるのだが、この分では雨とまではいかないだとう。
 それどころか、かえって過ごしやすい位の天候だ。天気予報に騙された、と葵は米屋と話していた。きっと雨が降り出したとして、それは夜の話になるだろう。そうなってくると葵には関係ない。夜中出歩くような習慣は、葵にはない。

「今日体育何だっけ」
「持久走だろ」
「えーやだなサボっちゃおうかな」

 体育が嫌いなわけじゃない。けれど疲れる事はなるだけしたくない。持久走なんてグラウンドの中をぐるぐる回るだけだし、何も面白くない。葵の思考は必然的にサボる方に向いて行く。これが体育館でバレーやらバスケやらなら、まだ話も違ったであろう。たらればを語っても仕方ないのだが。

「遠野本当不真面目な」
「真面目な所は真面目だよ?」

 体育までに雨が降らないだろうか、と念じながらそんな中身のない会話をする。念じたところで恐らく無理だろう。
 真面目と不真面目を上手く使い分けている自覚は、葵自身にもある。いつも全力だと疲れてしまう、ならば時には手を抜く事があってもいいのではないか。ただその手の抜き方が極端だから、見る人から見れば不真面目に見えるかもしれない。

「見た事ねえわ」
「またまた」
「それどういう感情なの」

 その証拠が、米屋の発言だ。葵としては米屋に言われるのは心外なのだが、それが伝わっているかは定かではない。米屋が授業中寝ているのをよく見る。どこか適当な場所を見つけてサボるのも、授業中寝ているのも、結局同じ事ではないかと葵は思うのだが、米屋の定義は違うのか。

 葵はサボるタイミングは抜け目なく選んでいる心算だし、その分テストの成績はいいものを残すようにしている。米屋ははっきり言って成績もよくない。寝ている分の復習なんかもしていないみたいだから、当然だろう。
 ボーダーだったら許されるのだろうか。葵はボーダーの人間ではないので想像する事しか出来ない。だったら狡いな、と思った。でもボーダーは必要な組織だから、仕方ないのかもしれない。高校生、ボーダーの隊員。二足の草鞋、拍手。

「あれ、出水くんどこ行くの?」
「早退」

 米屋とだらだら話していた葵だが、荷物を纏めている出水を発見する。発見も何も、隣の席だから目には入っていたのだが。何をしているのだろう、とは思っていたがどうやら帰る支度だったらしい。
 鞄を持ち席を立った出水に声をかけると、戻ってきたのは簡潔な二文字だった。

「ずっこい!」
「仕方ないだろボーダーの任務なんだから」

 抗議の声をあげる葵だが、学校で授業を受けるよりボーダーの任務の方が大変なのではないかという思考に行きつく。けれど狡いものは狡い。出水も米屋も、よく早退や公欠をする。その度学生という身分を捨てて戦っているのだろう。想像は出来るのだけれど、実感は出来なかった。だから葵は、ただのクラスメイトとして接する。

「つまんな、サボろ」
「いや遠野は授業受けろって」

 分かりやすく不機嫌になる葵に、出水は窘めるように声をかける。このままでは体育どころかこれからの授業全部サボるのではないかと心配になるような不貞腐れ方だ。

「やだね私はサボるって決めた」

 しかし葵の意思はもう固まってしまったようで。こうなったら誰がなんと言おうと無理だろう。米屋にそれを止める事は出来ないだろうし、出水が隣で目を光らせるのも、今日はもう無理だ。

「どこ行くんだよ」
「屋上」
「鉄板だな」

 この気候なら屋上は気持ちいいだろうが、そういう事ではないと出水は溜息をつく。葵としては本当は保健室で惰眠を貪るか屋上でぼうっとするか悩んだのだが、そんなもの出水の知った事ではない。

「木を隠すなら森の中」
「違うくね? 全然違うくね?」
「まあまあ」

 適当な事を言っているのは葵も分かっている。言葉に意味なんてない。ただ出水が帰ってしまうまで、あと少しの時間会話をしたかった。今日はもう会えないのだ。任務がどんなものか知らないが、たまに数日登校しない事もある。明日会える確証がない。それならば、話せるうちに沢山話しておきたい。

 出水に気持ちが伝わっていないのは分かっている。だからこれは葵の自己満足だ。けれど今はそれでよかった。

「はあ。とりあえずおれは帰るぞ」

 そろそろ時間切れ。出水が教室を出て行こうとする。出水が隣に居るのと居ないので、葵のモチベーションは分かりやすく変わる。しかしそれを悟られてはいない。厳密には、例えば目の前の米屋のように気づいている人間も居るのだが、本人に気づかれていなければセーフだ。気づいて欲しいとは思わない。だがいつか気づいてくれるだろうとは思っている。どっちにしろ、気長な話だ。

 今のままの関係が良いのか、その先の関係が良いのか、葵には判断しかねる。誰に相談した事もないので、一人で考えるのみだ。他人に話すのは、葵でも少し気恥ずかしかった。

「出水くん!」

 今まさに教室を出て行こうとする出水に、葵は声を張り上げる。その声に、出水が足を止めて振り返る。

「ん?」
「頑張ってね」

 今日一番の笑顔。誰が見てもそんな風に思うような顔で、葵は精一杯の声援を送った。出水は一瞬目を見開いて、その後「サンキュ」と言って笑顔を作る。任務を憂鬱だと思った事はないが、何となく気合が入った気がした。


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