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5話 抹茶

 ホームルーム終わり、今日は米屋が居ない。任務らしい。公欠が使えてさぞ喜んでいる事だろう。三輪と米屋、最初は相性が悪そうに見えたが、上手く嵌まったのか今ではA級部隊だ。高校生活はふざけていても、戦闘に於いての米屋は十分強い。ランクは出水より下でも、能力は評価していた。評価、というと上から目線だろうか。頼りにしていた、と言った方がいいかもしれない。とにかく米屋が強いという事が伝わればこの場はよしとする。

「たまばか」

 突然かけられた声。槍バカこと米屋は居ない上、声の主は女子。弾バカ、という呼び名を知っているボーダー以外の人間は早々居ない。つまり、出水に声をかけたのは葵だ。葵ですら出水の事をそう呼ぶのは初めてで、言葉は少し片言だった。
 出水とて虚を突かれて、どう反応したらいいのか困ってしまう。

「ああ?」
「ってなあんですか?」

 ぶっきらぼうになってしまっただろうか。葵はそんな事気にせずに、若干間延びした声で出水に質問を投げかける。その様子はとても楽しそうで、つられて笑ってしまいそうになるのを堪えた。

 ここに米屋が居たとしたら、きっと展開は変わっていたに違いない。しかし冒頭で話した通り、今日学校に米屋は居ない。結果、出水は一人で葵に向きあわねばならなくなる。嫌ではない。だがどうしたら良いのか分からない。自分はこんなにも不器用だったろうかと考える。天才と呼ばれる事もある出水が、女子一人と話すのにこんなに苦労するのを見たら、きっと皆笑うだろう。どうも出水は、葵との距離の取り方がわからない。

 兎角今は、質問に答える事だ。

「……面白がってんだろ」
「勿論でしょ」

 躱し方下手くそか、と出水は心の中で自分に呆れる。この場合、出水は葵の言葉に救われた。そのままなあなあにする事が出来る。と思ったのだが、葵はどうやらこの話題を続けたいようで。

「ずるいずるい、私も輪に入れて欲しい」
「何、ボーダー入んの?」
「それは嫌だ」

 何がずるいのか、わかるのは本人のみだ。そこには明らかな下心があって、でも出水は気付かない。葵はそれに甘えているとも言える。言いたい放題言えるこの関係は、なんとも心地よい。

 先ほどの弾バカ発言からするに、ボーダー関連に興味があるのではないか、輪に入りたいというのはボーダー隊員になりたいという事だろうか。出水はそう推察するも、間違っているようだった。
 葵ははっきりと否定する。

「嫌なのかよ」

 思わず突っ込んだ。それならば輪とは何の事だろうかと考えるも、今一これといった関係が思い浮かばない。葵としてはもっと出水と仲良くなりたい、という至極単純な思考回路で話しているのだが、どうにも伝わらないようで。

「私には荷が重いよ、自分が生きるのだって精一杯なのに。人の命なんて背負えない」
「人の命ねえ」

 結果話はボーダーの事になっていく。出水は、葵が思ったより深くボーダーについて考えている事に密かに驚いた。あっけらかんとしている様に見えて、色々考えているのだろうか。成績上位者は頭の回転数が違うのかもしれない。

「出水くんはすごいよね、米屋くんも」
「そんなんじゃねえよ」
「そんなんだよ」
「じゃそれでいいや」

 凄い、と言われるような事をしているのだろうか、とふと出水は考えた。いや、しているのだろう。ただ葵の言っている凄いと、自分が考える凄いは少し違うかもしれない、とも思った。
 葵が凄いというならそれで良いだろう、そう思って答えれば「あっさり!」とケラケラ笑う。出水は葵の笑顔が好きだ。自分だけでなく、他人まで幸せにするような、そんな雰囲気を持っている。

「押し問答する所じゃねえだろここ」
「確かに」

 なんでもない会話を繋いでいく。葵は引き際が分かる人間だ。興味を持つ事は沢山あるし思った事は割と口にする方だが、相手が嫌がるまで追求したりしないし話の着地点はきちんと弁えている。

 やったやらないの押し問答はいつまで経っても終わらないものだ。そのうち、話をするのも嫌になってくる。葵は、出水と楽しく話を続けたかった。

「出水くんは、生きてて楽しい?」
「何の話?」
「何となくの話」

 急に話の展開が変わる。ついて行けなくて聞き返すも、何となく、と流されてしまった。何か言いたくない事があるのか、ただ思っただけなのか。出水には真意はよく分からない。
 けれど答えられる内容だった。深く考える必要はないのだ。

「何だそれ。まあ……充実してはいるかも」
「そっか」

 幸せだねえ。そういって目を細める葵の言動の意味がわからなくて、出水の心の中に黒い沁みがポタリと一粒落ちる。

 意味はない。そう、やっぱり意味はないのだ。ただ何となく、思った。生きていられる事は幸せな事だと、葵は思う。何でもない日常が、ただそれだけで幸せなのだ。
 ただ葵は欲を持ってしまった。出水ともっと仲良くなりたいという欲を。こうして積極的に話かけても出水はどこか違う所を見ているようで、中々葵の思いはとげられない。いつも一緒に居る米屋が居ない今日ならいつもよりもっと話せるかと思ったが、そう上手くはいかないらしい。

 葵はめげない。五月蠅いと言われれば黙るが、思うに出水はそれ程鬱陶しく思っていないはずだ。奢っている、と言われるかもしれない。けれどそう指摘する人間は誰も居ない。本気で出水が嫌がれば諦めようとも思っている。けれど出水は何も言わない。

 ただ充実していると答えた出水を、少しだけ羨ましいと思った。



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