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2話 いちごみるく

「出水くん、教科書見せて下さいな」

 出水が了承するより早く、葵は机をくっつけてくる。葵の中で教科書を見せて貰うのは、もう決定事項だ。
 この女、よく忘れ物をする。次の日になんの授業があるのか、時間割表を見るような事はしない。正確には、ながら見、というやつだ。さらっと見て後は記憶のみを頼りに、明日はこれとこれ、といった風に適当に教科書類をカバンに入れるものだから、ない授業のものを持ってきていたり、必要なものがなかったり、というのが日常茶飯事だ。

 だから出水が教科書を見せる機会も中々に多い。

「また忘れてきたのかよ」
「出水くんが居るからね」
「どんな理屈だよ」

 葵は左利きだ。だから机をくっつけても肘が邪魔をする事はない。別に教科書を見せた所で何も不自由な事はないから、出水も特に嫌がったりはしない。結果、いつもの風景だ。

「遠野、また教科書忘れたのか」

 それを見つけた教師が声をかける。教室中の目が葵に向けられる。必然的に、出水にも視線が集まるわけで。出水は幾ばくかの居心地の悪さを感じる。ボーダーでは目立つ存在でも、学校では一男子高校生だ。ボーダー関連の事なら仕方ないが、こういう日常で目立つような事は、出来るなら避けたい。しかしそんな事は葵には関係なく。

「すいませーん!」

 大きな声で悪びれもなく謝罪の言葉を口にする。反省している様子は微塵も感じられない。これはこれからも机をくっつける機会は減らなそうだと、出水は密かに思った。繰り返すが嫌ではないので、別にいい。目立つ事以外は。

「気をつけろよ」
「いやあどうかな」
「そこはハイと言え!」

 クラスに笑いが巻き起こる。これもいつもの事だ。教師も教師で諦めている。葵のこの性格はきっと矯正されるものではない。その場凌ぎで頷くより茶化す方向に話が向くのは流石葵と言った所だ。クラスの全員がそれを分かっている。だから、笑いになる。葵の人徳だ。

「テストは成績良いんだけどなー、テストだけは」

 授業終わり、出水の席に米屋がやってきた。開口一番話しかけるのは、出水ではなく今はもう机を離してしまった葵だ。出水から見たら、自分より米屋の方が葵と仲が良いのではないかと思う。ある種同類として見ていた。

「授業はちゃんと聞いてるからいいんです!」
「にしても忘れもの多くね」

 やる事はやっている、と胸を張る葵に出水が突っ込む。教科書を持ってくる事だってやるべき事だろう。最終手段、置き勉という方法だってあるのだ。しかし葵は、律儀に教科書類を毎日持って帰る。家でも勉強しているのだろう。それにしたって忘れ物が多い理由にはならない。

「出水くんが忘れなきゃよくね」
「どんな理屈だよ。俺今日これ言うの二回目だぞ」

 とんでもない持論が飛び出した。出水は葵にいいように使われてる感覚に襲われる。葵にとっての自分は都合のいい存在なのではないかと。何となく寂しさを感じないわけではないが、それよりも反射的に言葉を発していた。自分はこんなに突っ込み属性のある人間だったろうかと思うが、葵の前では思考回路が鈍る。

「まあまあ、頼りにしてるって事で」
「はあ……」

 納得してはいないが、別段これ以上広げる話でもないので出水は適当に受け流す。そうしたら葵が何かカバンとは別に持ってきていた紙袋を漁り出した。

「お礼にこれ! あげるから。今日はフォンダンショコラだよ〜」
「おお……サンキュ」

 恒例、手作りお菓子のお裾分け。葵の作ったフォンダンショコラはまだ出水も食べた事がなかった。いつものように何と言っていいか分からず迷いながら、感謝を口にする。今日も昼休みに食べようかと、それを自分のカバンの中にしまった。

「餌付けされてんじゃん」
「違うわ」

 米屋が横やりを入れてくる。餌付け。違うと否定したが、もしかしてそうなのではないかと出水は考えた。お菓子と教科書の等価交換。お菓子と教科書じゃ等価にならないなと思う。どうしたってお菓子の方が価値がある。手作りだという所もポイントが高い。

「あ、今日は米屋くんにもあげるよ」
「お、やった。サンキュー」
「いえいえ!」

 いつもより沢山作ったから、と葵は米屋にも手作りお菓子を渡す。米屋は米屋で、軽く受け取っていて。出水のようにぐだぐだ考えたりしない。貰えるなら貰う、といった所か。葵のお菓子は評判が良い。貰える者は勝ち組だ。自分なんかがいつも貰っていいのかと考える事もある出水だが、そこはやはり教科書の礼、もしくは隣の席の特権。

「また何か貢ぎます故、何卒お助け願いたく」
「誰だよ。まあ……教科書見せるくらいならいいけど」

 お道化たように葵が言う。ここで意地の悪い事を言っても仕方がない。言っても葵は動じないかもしれないが、出水が何となく言いたくなかった。別に教科書に悪戯書きをされるわけでもなし、出水が受業を受けるのを邪魔するでもなし、本当に実害はないのだ。
 忘れるだけで、真面目である。だから拒否する理由もない。

「流石出水くん」
「流石出水くん」
「米屋うるせえ」

 ここぞとばかりに葵に同調する米屋に、出水は思った事をそのまま口にする。米屋と葵が顔を見合わせて笑った。出水は苦い顔で、その様子を見ていた。


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