×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

1話 隣の席の君

 隣の席には変わった女子。遠野葵。よく笑う奴だ。遠野には傍から見ても友達が沢山居る。休み時間の度に友人たちとワイワイ話しているのを、おれは隣の席から見ている。

 騒がしいって訳じゃない。常識は弁えてる奴だと思う。後は見ていて気付いたのは、一見がさつに見えそうなのに意外と家庭的。ボタンが取れたというクラスメイトが居れば裁縫道具を持ち出すし、偶に手作りのお菓子なんかを持ってきている事もある。隣の席の特権か、おれも何度か貰った事があって。クッキーとかカップケーキとか、どれも美味かった。

「あ、出水くんにもあげる! はいどうぞ、お裾分け!」
「あ? ああ、サンキュ……」

 考えていたら今日も貰った。唐突だったので気の利いた言葉も言えず、どもりながら受け取ってしまった。我ながらダサいと思うが、おれは別にモテるわけでもないし、返しなんてこんなもんだ。そういえばいつも貰ってばかりでお返し、というのをした事がない。した方がいいのだろうか。その場合何がいいのだろうか。全くわからない。今度柚宇さんにでも聞いてみようか。こんな事を考えているのを知られたら笑われるだろうか。

「よー何それ、クッキー?」
「ああ、貰った」

 席にやってきたのは槍バカこと米屋陽介。適当に答えながら隣の席を横目で見れば、米屋は納得したようで空いていた前の席に座った。

「遠野、おれのは?」
「欲しかった? 残念もうないんだ。今度持ってくるね!」

 自然に言える米屋には本当に感心する。遠野も遠野で、なんでもないように返すから、きっとこのクッキーは本当に気まぐれでくれたものなのだろう。

 おれの机の上に置かれた、ラッピングされたクッキー。すぐに食べてしまうのは勿体ない気がするけれど、ボーダーに持って行っても揶揄いの的になるだけだ。もしくは太刀川さんに食べられてしまう。以前、そんな事があった。隊室の皆には見せない方がいい。
 昼休みにでも食べようか。貰ってすぐ遠野の前で食べるのは何となく気が引けた。昼食ならいつものように米屋と食べるから、自然だろう。

 クッキーひとつ食べるのにどうしてこんなに考えなければいけないのか。別に遠野を意識している訳じゃない。ただそんなに、免疫がない。おれに度々色々なものをくれるのは遠野ぐらいだから、免疫が出来る訳がないだろう。

 一時期何故おれなんかにもくれるのかと考えた事もあったけれど、最近はさっきも言ったように気まぐれなのだろうと思っている。遠野に直接聞いた事はないから知らないけれど。聞くまでもない。きっと大きな理由なんてない。遠野とおれの関係なんて、友達にも満たない関係だろうから。

 隣の席には好きな男子。出水公平くん。ボーダーに所属しているのでよく早退する。一度そんなに大変なのかと聞いた事があるけれど、出水くんは皆こんなもんだと言っていた。けれどこの学校には他にもボーダーの隊員さんが沢山居て、出水くんはその中でも忙しい方だというのは見てとれた。

 同じボーダーの米屋くんに聞いた事もある。あいつの隊は一番隊だから、と言っていた。一番、頂点。ボーダーの、一番上の隊。それは、凄い事ではないだろうか。米屋くんは、出水くんが天才と言われている事も教えてくれた。

 正直、学校ではそんな片鱗など何も見せた事がない。至って普通の男子高校生だ。私とて、出水くんが天才だから好きになったんじゃない。普通の男子高校生の出水くんを好きになったのだ。それが蓋を開けてみたら、ボーダーの一番隊の隊員で天才と呼ばれていただけ。

 私はお菓子を作るのが趣味。皆にあげるふりをして、出水くんにも渡している。出水くんの為に作ったのだと言えない、なんとも惨めだ。けれど出水くんはいつもお礼を言って貰ってくれるし、食べているみたいだから嫌がられてはいないのだろう。そう自分に言い聞かせている。

 今日もさりげなく、出水くんにクッキーを渡す事に成功した。

「遠野、おれのは?」
「欲しかった? 残念もうないんだ。今度持ってくるね!」

 米屋くんがやってきて出水くんの前の席に腰を下ろす。声をかけられてちょっとだけ慌てた。米屋くんは出水くんと仲が良い。そして多分、私の気持ちに気づいている。
 それでも冷やかす事なく接してくれるから有難い。こうして偶に話す接点も作ってくれるのだけれど、どうにも出水くんとは上手く話す事が出来ない。

 コミュニケーション能力には自信のある方なのだけれど、彼に関してはどうも鈍る。けれど出水くんはそれに気づいていないようで。鈍いだけなのか、関心がないのか。後者だったら少し落ち込む。

 女友達と話しながら、隣の席を盗み見る。出水くんは机にクッキーを置いたまま、米屋くんと話していた。本当は今すぐ食べて感想を言って欲しい。美味しい、でも普通、でもいいから反応が欲しい。そうしたら残りの今日一日も頑張れると思うから。

 そんな願い虚しく、クッキーはそこに置かれたままだった。食べてはくれるのだろう。もしかしたらボーダーに行って皆で食べるのかもしれない。それならそれでいいと思う自分と、見ている所で一人で食べて欲しいと思う自分が半々。

 渡し続けたら、いつか目の前で食べてくれるようになるのではないか。だから私はこれからもお裾分けと言ってプレゼントを渡し続けようと思っている。

 今はただの友達。きっとそれが、私たちの関係。



[ 1/15 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]