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10話 りんご

 澄み渡るように青かった空は、茜色に染まるまでまだ少しかかりそうだ。と言っても日は暮れだしたらあっという間で、青色が赤く変わっていくのも時間の問題だろう。
 学校の授業はもう終わり。今日も無事に一日を終える事が出来た。しかし出水にはこれからボーダーに行くという用事がある。今日は任務も入っていないし、ランク戦でもしようかと米屋と話していた。本部に行けば、誰かしら捕まるだろう。隊員は沢山居る。任務外の隊員を捕まえて、訓練するのもいいだろう。

 そんな話をしていたら、葵も帰宅準備をしていたらしく、不意に声をかけられる。出水たちがだらだら話しているうちにゆっくりと支度をしていたらしい。
 女子が一人で夕暮れの中帰宅するのはちょっと危ないのではないか、出水はそんな風に考える。変質者が出たなんて通達は受けていないが、頭の悪いやつは年中無休で急に出没したりするものだ。

「バイバイ出水くん」
「さっさと帰れ」

 だから葵から声をかけられて、思わずぶっきらぼうに返してしまった。返してから、何故自分はこうなのかと心の中で頭を抱える。本当はこんな事が言いたいわけではない。気を付けて帰れよ、とですら言えないのか。これでは葵の事を嫌いなんじゃないかと思われかねない。決して、そんな事はないのに。

「ふふ、つれないねえ」

 だから葵の二言目に、出水は救われた気がした。少なくとも悪い気にはなっていない。葵は、出水がこういう人間なのだという事をきちんと分かっている。分かっていない所も多々あるが、それは今どうこう言う話ではない。ただ葵が笑った、それが今の全てだった。

「労わってやれよ」
「米屋うっせえ」

 横から米屋が口を出す。またしても考えるより先に言葉が出てしまっている。まるで条件反射のような。労わろうとする気はあるのだ、ただ葵を目の前にして何故かそれが出来ていない自分が居て。出水はまたもどかしさを感じる。

「米屋くん、バイバイ」
「おー、じゃあな」

 今度は米屋に向けて出水へのものと同じ言葉を口にする葵。米屋はどうという事もなくあっさり言葉を返していた。好かれている余裕だろうか、などと出水は考える。
二人はきっとお似合いだ。まだ付き合ってはいないよううだけれど、もしかしたら時間の問題かもしれない。だとしたら祝ってやらなければならないだろう。出水の憶測は止まらない。

「また明日学校で、出水くん、米屋くん」
「あー……明日おれ休み」

 そう考えていたら、葵がもう一言話しかけてくる。てっきりもうそのまま帰るものだと思っていたのだが、もしかしたら暇なのだろうかと出水は思考を切り替えた。
 そして明日、出水は午前中から任務が入っていて学校は休む事になっていた事を思い出す。正直に話したら、葵はすぐに「ボーダー?」と返してきた。流石に頭の回転が速い。

「そう」
「そっか」

 少し残念そうに見えるのに、出水は気付いていない。出水に一目も会えない事は、葵のやる気を削ぐには十分な事柄だ。出水がそれに気づいていないだけ。

「ずりいよな」

 米屋が出水の方を指さす。さされた出水は苦い顔でその指を軽く払った。出水とて休みたくて休んでいるのではない。けれど任務が嫌いなわけではないので、何とも返し難いところだ。

「任務なんだよ仕方ねえだろ」
「おれも学校より任務が良い」
「米屋はそうだろうな」

 この槍バカ、とは言わなかった。好きな事を戦闘としているあたり、米屋は任務が入ると嬉しいと思う人種なのだろう。ボーダーのこれは一応仕事なのだと分かっているのだろうか。そう思って愚問だなと思い直した。米屋は実績もあるし、学校では不真面目極まりないがボーダーでは飄々としているがやる事はやっている。米屋陽介とはそういう男だ。

「分かる気がする」
「だろ?」

 葵は出水の考えていた事は分からないが、雰囲気を察したのだろう。言葉に頷く。米屋は「なんだよ二人して」とおどけて見せたが、その言動から不快には思っていない事がありありと見て取れた。
 このくらいのやり取りは、日常茶飯事だ。

「そっか、出水くんは明日休みか。お仕事頑張ってね」
「おう、サンキュ」

 葵は出水の返答を待つと、「じゃあ、今度は本当に、バイバイ」と言って教室を出ていく。まだ空は青い。

「お前もうちょっと遠野に優しくしてやったら」
「辛く当たってる心算はねえよ」

 出水の言葉を聞いて、米屋は浅く溜息を吐く。それにどんな意味があるのか、出水には分からなかった。

 一方、葵。一人でいつも登下校に使う道を歩く。葵の家は学校から少し離れたところにあるが、自転車通学は嫌いだった。歩くのが好きだ。それが何故かと聞かれると、答えに困ってしまうのだけれど。自転車通学をするくらいなら、早起きして歩く、と親には言ってある。親も基本は葵のやりたいようにやらせてくれるので、葵はそれに甘えて徒歩で通学していた。

 景色が目に入る。見慣れたそれ。駐輪場。立て看板。公園。住宅街。ちょっと寄り道して、河原に行ってみよう。何となくそう思った。
 土手に座って風を感じる。心地よかった。心が洗われるような気がした。大丈夫、明日も生きていける。そう思った。時折心を占領する不安感。葵はこの事を誰にも話した事がない。話したところでどうにもならないのが分かっているからだ。今が一生続けばいいのにと思う。今の自分は幸せだと、葵は断言する事が出来る。学校生活は楽しい。出水と話すのは楽しい。けれどそれ以上を求めている自分も居て。

「何だろうな……」

 気持ちの整理がつかなくて寝転がる。草塗れになるのなんて気にならなかった。
 もうすぐ、日が暮れ始める時間だ。



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