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君が隣に居るから


「……眠い」
「寝れば?」

 休日の昼間。私は玉狛支部に遊びに来ていた。特に用があった訳ではない。強いて言えば、何もかもから逃げ出したかった。時たま、そう思う事がある。全てから逃げて、私を知る人は一人も居なくなって。そうして独りぼっちになって死んでいく。それが幸せな事なのか不幸な事なのかは分からない。けれど考えてしまう。そして最後に、馬鹿馬鹿しいなと思うまでがワンセットだ。
 そして大体こういう思考の袋小路に陥った時、私は逃げ場所として玉狛支部を使っている。ここは何だか、懐かしい感じがして。私はここの隊員ではないけれど、居てもいいよと言ってくれる皆に甘え、都合よく使わせて貰っているのだ。

「寝れないんだよ、不眠症なの知ってるっしょ」
「眠くても眠れないの?」

 隣で話しているのは迅だ。支部に来る理由の一つとして、迅が居るからというのは大きい。彼氏ではない。片思いしているのかと問われればそれにもはっきり頷く事は出来ない。けれど確実に、依存しているとは思う。何と言うか、安心感があるんだ。私は一人暮らしをしていて、家族とは離れて暮らしている。家族とはすぐ会える距離ではない。しかし迅なら、高確率で支部に来れば会う事が出来る。だから甘えている。
 迅には未来視があるから、もしかしたら私が来る事が分かっていて待機してくれているのかもしれない。そう考えた事もあった。が、迅にとって私がそれ程までに重要な存在であるとは思えない。細かい事はいいのだ。ただ今迅が隣に居てくれる、それが全てだと思う事にする。実際、私はそれで満足だ。
 不眠症になったのはいつからだったろうか。ボーダーに入隊するずっと前からだ。いつの間にか眠れなくなって、今は薬を飲んでやっとこさ入眠している。眠いとは感じるのだ、眠れそうだと思う時もある。けれどいざ寝ようとすると全く眠れない。私にとって、眠いと眠るはイコールではない。

「ま、香菜の気が済むまで此処に居たらいいよ」
「いつも悪いねえ」

 迅の言葉に少し罪悪感を覚えた。悟られないように返事をする。眠い。やる気がない。動きたくても動けない。けれど眠れもしない。自分にとって都合の悪い事ばかりでどうにもならない。ここで居眠りでも出来たらどんなに楽だろうか。勝手に所属もしていない支部で寝るなと怒られるかもしれないが、実現出来たら少しは楽になる気がする。元来、玉狛支部には現実から逃げる為に来ているのだ。寝逃げというものがあるくらいだから許してもらいたい。迅も気が済むまで居ていいと言ってくれている。こうやって甘やかしてくれるから、支部に来たくなるのだ。

「迅は今日は用事ないの?」
「香菜に構うのが今日の用事」

 気があるような言葉を口にするのはやめて欲しい。もっと甘えたくなってしまう。特別かもしれないなんて希望を抱いてしまう。ふわりと気持ちが上昇する。ここからもっと上げる事も出来るのだが、同時に下がる可能性も生まれる。だから私は何も言えない。この関係のままで満足するのが一番良いのだと自分に言い聞かせている。
 私は持参したペットボトルの水を飲む。冷やされていないものだ。冷たい方がスッキリするのだが、なんだか胃がもやもやするので私はいつも常温の水を飲んでいる。若しくは白湯だ。白湯が一番安心する。夜ベッドで眠る時は、手の届くところにボトルに入れた白湯を必ず置いている。眠剤を飲んでも眠れない時は更にその白湯で頓服を飲むのだ。そうしてやっと眠っても二時間で目が覚める。全く、私はどうして今活動出来ているのだろうか。
 いつも眠い眠いと言いながら活動している私を、誰か褒めてくれないだろうか。見た目には分かりにくいとよく言われる。寝すぎなのではないかと言われる事もある。くそったれ。

「迅は優しいねえ」
「特別だよ」

 特別なら部屋貸してよ。何の気なしにそんな事を言ったら否定された。流石に駄目か、そうだろう。迅のベッドなら何となく安心出来る気がした。自分のベッドよりずっと。しかし言ってしまってから気持ち悪いなと思う。こんな事をいきなり言う女は迅も嫌だろう。だが他の部屋ではきっと駄目だ。迅の存在を感じながら目を閉じるから眠れるのだ。確証はないから、何とも言えないのだけれど。思った事が口に出てしまっただけだ。考えるより先に口が動いてしまった。失敗した。
 迅の否定を受けて今日はもう家に帰ろうかと伸びをする。このまま居ても迷惑だろうし、本部に行く気も起きない。用事もない。ならば自分の部屋でだらだらするのが一番簡単だ。可もなく不可もなく。どうにもならないから何も変わらない。けれどそれが一番安定した生活なのも事実。少し具合が悪いくらいが私なのだ。

「何で駄目って言ったか分かる?」

 不意に迅がそんな事を言ってきた。何を言いだすかと思えば。私の恥をぶり返さないで欲しい。無かった事にしようと思ったのに。やはり不用意に思った事を口にするものではない。後々面倒になる。これからは気を付けなければ。言葉を発する前にまず一度考える、そう心の中で復唱する。
 どう答えるのが正解なのか。考えても分からないので素直に答えた。

「そりゃいきなり部屋貸してなんて言われたら断るでしょ」
「危機感が足りないの」

 危機感とは何だろう。迅に何の危機感を持てというのか。考えていると、迅が分かり易く溜息を吐いた。そして「理性って軽いんだよ」と続けた。急に現実的な言葉を言われて、頭の中がクリアになっていく。まさかそんな言葉を迅から言われるとは。何か返そうと思うのだが言葉が出てこない。迅は頭を掻いて、悩んでいるようだった。何を悩んでいるのだろうか。私の足りない頭では理解出来ない。

「……そしたら私の家に泊まりに来て」
「何でそうなるの……」

 だが迅は嫌だとは言わない。行くとも言わなかったが。それはつまり、どういう事か。考えるのはまた今度でいい。眠気は飛んでいってしまった。迅が変な事を言うからだ。全く迷惑な話である。きっかけを作ったのは私なのだけれど。
 冗談だよ、と伝えて立ち上がった。自分の寝床に帰る為に。ああ、今日も眠れなさそうだ。


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