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メラアドルート


「米屋!」

 ある日の教室、香菜は俺の名前を呼ぶと同時に、バン! と机の上に何かのパンフレットを広げた。どうしたんだよ、と答えながらパンフレットを覗きこむ。それは隣の市にある動物園のもののようだった。

「蛇触れるんだって!」
「だから?」
「行こう!」

 その目はキラキラ輝いている。そうなるか、と声には出さず納得する。
 パンフレットには蛇の写真と共に、触ってみようの謳い文句。この女はそれはもう無類の爬虫類好きで、こういうものには目がない。結果、いつも付き合わされることになるのだ。香菜と居る時間が増えるわけだし蛇だのなんだのが嫌いなわけでもないし、まあ、別に良いのだけれど。

「いつ行く?」
「土日どっちが空いてる?」
「今週なら土曜だな」

 頭の中で予定を整理する。予定といっても、ボーダーの任務だったり個人戦の約束だったり、その程度なのだけれど。
 香菜は「決まりね!」とニカッと笑った。よく笑う女だと思う。しみったれた顔をされるよりはずっと良いけれど。笑顔にさせる原因がオレだというのならそれはそれで彼氏として優越感を持つし、彼女が笑うならば大抵のことはまあいいかと思ってしまうものだから、きっとオレも相当なのだろう。

「何、デート」

 香菜が自分の席に戻った後弾バカがニヤニヤしながら話しかけてくるので、オレも負けじとニヤリと笑う。蛇を触りたいらしい、と説明すれば「でた爬虫類大好き人間」と返ってきた。
 弾バカも香菜の爬虫類好きは知っている。というか、クラスの奴は大体知っているだろう。あいつは趣味を隠しはしないから。この前体育でグラウンドに出た時も、たまたま見つけたらしいトカゲを捕まえて他の女子を恐怖に陥れたらしい。その場面は正直オレも見たかった。面白そうじゃん。ちらりと香菜を盗み見る。仲の良い女子と騒いでいた。
 授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。真面目に受ける気はないので、オレはいつものように居眠りを決めることにした。じっくり一日彼女と居られる時間が取れるのは久しぶりだ。楽しみに決まっている。早く週末になれば良いのに。お前と個人戦するのより楽しみだ、と言ったら弾バカは呆れるだろうか。
 そんな事を思ったりしながらなあなあな毎日を過ごして、土曜日はやってきた。

「やあ米屋!」

 待ち合わせの駅、彼女は既に待っていた。元気よく挨拶を決めてくる。いつも通りで、笑ってしまう。待ったか聞けば「いや全然」と答える香菜。でもそんな事はない事を、オレはよく知っている。元々待ち合わせには早く来るタイプの人間だし、あんなに楽しみにしていた週末なのだ。嘘つけ。そう言って香菜の鼻を摘まむ。ちょっとした悪戯だ。これくらいは許される。というか、大概の事は許して貰える。

「バレたか。楽しみ過ぎて超早く着いてましたすみません」
「何に謝ってんのか意味わかんねえな?」

 電車時間は決まっているのだし、そんなに急ぐこともないだろうに。ここで「米屋と少しでも一緒に居たくて」なんて言ったら可愛くも……いや、思わないか。いつもの言動と、オレの知っているこいつと違いすぎて気持ち悪いな、きっと。
行こうぜと歩きだす。その言葉に対する返事からも楽しみにしているのが伝わってくる。気持ちが先に行っているのか、随分とそわそわしているものだから思わず笑ってしまった。

「私動物園なんて来たの何年ぶりだろ……」
「オレもガキの頃以来だな多分」

 彼女があまりにもキョロキョロふらふらするので、はぐれないよう手を取る。素直に握り返してきた。二人でゆったりと、時に足を止めながら見てまわる。せっかく来たのだ、蛇以外の動物も見て回りたい。やがて香菜が「あ!」と声を上げた。蛇のブースを見つけたらしい。

「あった、あっちだ蛇!」

 ギュッと、繋いだ手に力が入る。足早になる彼女に、俺が引っ張られる形だ。

「早く触りてえのは分かったけど別に逃げるわけじゃねえじゃん。慌てんなって」
「ウス」

 素直なものである。香菜の良いところだ。いつでも真っ直ぐな香菜。自分がしっかりしていて、でも譲る時はちゃんと引く。出来た女だと思う。惹かれた部分はそこだけではないが、魅力の一つだと思う。
 ぼんやり考えているとふれあいブースについて、香菜は幼子のようにかけていった。手が離れる。少しだけ、寂しいなと思ったりして。

「米屋! 米屋! ふお……ヨネヤ!」

 蛇を触っている彼女といったらそれはもう凄かった。興奮しすぎてきっと自分でも何を言っているのか分かっていなかっただろう。最後の方はカタコトになりながら、ひたすら米屋、米屋と連呼していた。
 散々触った後、自らの手を眺めながら「マンゾク」なんて呟いていてそりゃ良かったなと返す。繋いでいた手は離れたままだ。

「私もう手洗わない」
「いやお前それはやめとけよ洗えよ」

 それはアイドルか何かと握手でもした時に出てくる台詞ではないのだろうか。こいつにとっては蛇はアイドルと同等なのだろうか。まるで人気アイドルグループのライブに行ったかのようなテンションで友人に蛇を触ったことを自慢している香菜の様子を想像して何ともいえない気分になる。それと同時に笑みがこぼれた。間違いなく来週の学校で、その様子が見られるはずだ。

「で、どうすんのこの後。目的は済んだんだろ?」
「うん、だけど」

 もうちょっとまわる、と香菜は続けた。そうして俺の手を取って、繋ぎ直す。えへへ、と少し照れ臭そうに笑って、もう少し米屋と回りたいなんて。

「あー……」

 前言撤回。急にしおらしい態度をとる彼女にオレは返す言葉がなくなる。たまにはこういうのも、いい。「何?」と首を傾げる香菜に、それは反則、とは言わなかった。目線より下の位置にある頬を痛くない程度に引っ張る。香菜は何が起きたか分からないといったような様子で変な声を上げる。それを見たオレはハハハ、と声を出して笑った。

「ぶっさいく」
「失礼な!」

 引っ張ったところを押さえて抗議する香菜。いい女だなと思う。

「よし、今日はまだまだ遊ぶぞ」

 そう宣言すれば、彼女もまた「望むところだ」と繋いでいない方の手を高らかに突き上げた。せっかく来た動物園、もっと堪能しようではないか。その後はどうだろう、飯を食って、ゆっくりして? 香菜が買い物をしたいというのならそれに付き合っても良い。今日は甘やかしてやろう、なんてぼんやりと考えながらゆっくりと歩き出した。



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