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ひねくれもののうた


「何してるの」
「王子じゃん。君こそ何してるの」
 ぼくの質問に質問で返す君の手には、随分薄汚れたくまのぬいぐるみ。場所はゴミ捨て場。聞いてはみたものの、手放そうとしているのは明確だ。
 ぼくたちの家は近くて、けれど幼馴染というわけではない。二人共それぞれのコミュニティの中で生きている。たまにこうして、言葉を交わす事はあるけれど、その程度だ。
 学校だって一緒に登校しないし、放課後どちらかの家に集まる事もない。曖昧な関係だ。
 ただ今回声をかけたのは、思考と行動が一致していないように感じたから。明るく返した心算かもしれないが、瞳は揺れている。

「大切なものなんじゃないの」
「別に。大切なものだったかもしれないけれど」

 今はもうそんなに。君は続ける。もういいのだと。それならどうして苦しそうな顔をしているのだ。まだ割り切れていないのではないか。
 そんな中勢い半分で放り出されるぬいぐるみは可哀想だ。今のままでは後悔する未来が待っているのではないか。それは、避けるべき未来だと思った。
 ぼくもそんなに物に執着する性分ではない。けれど君のそれはあまりに極端で。あまりに極端に、思えて。
 ただぼくが何を言おうと、決定権はない。見ている事しか出来ないのだ。もどかしいと思うのは、相手が君だからか。

「ね。見届けて」

 何を、とは問わない。ぬいぐるみを捨てるところを、だというのは誰でも分かる。本当はもう少し考えた方が良いのだろうけれど、それはあくまでぼくの意見だ。
 先の問いかけが、君の瞳から迷いを消し去ったように見えた。
 決めたのなら、口は挟まない。理由もよく知らないのにやめておけなんて、そんな事は言えない。言いたくない。権利も、ないだろうし。
 どうして王子がそんな事言うの、で終わりだ。ぼくたちの関係なんて、その程度。
 せえの。小さく呟いた君の手から、ぬいぐるみが離れた。バイバイ。その声は、やはり少し寂しそうに聞こえて。

「よし。王子、コンビニ行こ。アイス奢っちゃる」

 そうかと思えば明るい表情で声をかけてくるから驚きだ。全く引きずっている様子はない。切り替えが早いというか何というか。はっきりとした性格は変わらない。
 けれどぼくの脳には、寂しそうなバイバイがこびりついていて。黙っていたら「王子?」と首を傾げるので、努めて冷静に「いいよ」と返した。
 並んでコンビニまでの道を歩く。君は徹底して車道側だ。守られるのは嫌らしい。少しくらい格好つけさせてくれても良いと思うのだが、言ったところで君は理解出来ないといった顔をするのだろう。

「君の頭の中ってどうなってるの」
「皺はあんまり無いと思うよ」

 聞いているのはそういう事ではない。ただ追及するような話題でもない。ただの世間話だ。知っても知らなくても、どうでもいい話。
 君の頭の中を覗いたところで、得るものもないだろう。おそらく、多分。若干自分で自分を説得しているような感覚になって気持ちが悪い。
 高いアイスを奢って貰おうと決める。コンビニに着いて、その通りに普段自分ではあまり買わないようなものを指せば、君は何の文句も言わずレジに持って行った。
 溶けないうちに、すぐ近くの公園へ行く。休日の昼下がり。公園では子供たちが遊んでいた。ぼくたちは端のベンチに座る。アイスは食べごろだ。

「随分思い切ったように見えたけど」
「話してどうにかなる?」

 察しの良いところが、嫌いだ。けれどここで黙ってしまったら負けな気がして、それはどうしても嫌だ。どんな言葉が正解だろうかと考える。考えながらアイスを食べる手も止めない。思考を読まれるのも、嫌なのだ。
 嫌嫌ばかりで幼い子供のよう。いっそのこと開き直ってしまった方がいいのではないか。アイスを一口。舌に広がる冷たさが、言葉を紡ぐ原動力になる。

「思いを共有できる」

 ぼくの言葉に、くだらないと君は笑う。らしくない、とも。らしいとは何だろう。どういう言葉が、ぼくらしかったのか。
 聞いてみたいけれど君はきっと答えてくれない。君の瞳に映るぼくは、どんな色形をしているのだろうか。ぼくの瞳に映る君は、いつだって鮮明だ。眩しい。伝えた事はないけれど、そう思っている。
 空になった容器を片付ける。何となく立ち上がる事が出来なくて二人ぼうっとベンチに座ったままだ。

「思い出って、くだらないと思わない?」

 また突拍子もない事を言う。反射的に「くだらなくはないでしょ」と答えた。君はううん、と唸っている。思いをどう表現するのか迷っているようだ。
 ぼくは次の言葉を逃がさないように耳を澄ます。子供の声が響いている。少し黙ってくれないかな、と思った。ここは静かにする場所ではないというのは、分かっているのだけれど。
 反対に話して欲しい君はまだ唸っている。珍しい。あまり迷う事のない人間のはずだ。少なくとも、ぼくの前では。

「でも所詮記憶でしょ?」
「思い出の品だってあるじゃん。アレだってそうだったんじゃないの」

 やっと口を開いたと思ったらそんな事を言う。ぼくの言葉は責めるようなものになった。しまったと思う。君が苦しそうな表情を見せたからだ。
 でもそれは一瞬だけ。見間違いかと思う程僅かな瞬間。よく見逃さなかったものだ。君は自分の表情の変化に気づいているだろうか。鏡で見せてやりたかった。こんな表情をしいたんだよ、と教えてやりたかった。

「結局私が意識しなきゃ意味ないんじゃん」

 君とはきっと何を言っても平行線だ。それでも関わり続けている意味を分かって欲しい。どうでもいい人間に時間を割く程ぼくは暇人じゃない。

「何?」
「いや、何でも」

 全く仕方がないんだから、というぼくの言葉は君には届かなかったようだった。今は、それでいい。


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