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心を落としそうになるんだ


 夢なんて見ない。見るだけ無駄だ。そう思いながら生きている。だから貴方から声をかけられた時、私は現実を受け入れられなかった。きっとそう感じるのは私だけではないだろう。
 貴方は人気者だ。多くの人間が貴方と夢を見る。そんな人間と仲良くなるなど、私の日常生活に想定されていない事象だ。けれど貴方は私が作る柵など容易に飛び越えて関わってきた。そんなもの関係ない、と言わんばかりに。だから私は戸惑って、拒否しきる事が出来なかったのだ。

「香菜ちゃん嵐山くんと付き合ってるってほんと?」

 さして仲良くもない同級生から質問される。全く、煩わしい。私が必死に隠そうとしても情報はどこから漏れるか分からない。嵐山くんに隠す気がないから余計だ。ボーダーの顔なのだから、もう少し意識を高く持ってもいいのではないだろうか。
 私はただの一般市民。私なんかが付き合えるなら自分も、という思考に陥る人間は少なくない。そもそも私なんて、見た目も性格も可愛くないし、取柄と言えるものもない。平均以下。嵐山くんの隣に居る事が出来るのは、彼の気まぐれ以外の何物でもないと思っている。だからきっともう少ししたら振られるんだ。日々そう自分に言い聞かせながら生きている。そう言い聞かせると、幾分か気持ちも楽になるというものだ。

「嵐山くんなんとかしてよ」
「そろそろ名前で呼んでくれないか」

 その言葉に私の口は止まる。先に要求をしたのは私だ。重ねないで欲しい。マイペースで嫌になる。これくらいでないとボーダー隊員というのは勤まらないのだろうか。だとしたら私は絶対にボーダーになんか入りたくない。向いていないと思う。そもそも戦うというのが無理だ。即死だと思う。
 私にボーダーの知識はほぼ無い。興味を持った事もない。けれど嵐山くんの会見は見た事がある。正直、お世辞抜きでただただ凄いと思った。それ程に堂々としていて、格好良かった。だから初めて話した時は、それなりに緊張したりもしたのだ。今となっては懐かしい過去である。
 今日も私と嵐山くんは一緒に下校する。そりゃあ付き合っていると思われるよな、と頭の隅で考えた。ヒントが散りばめられすぎている。色恋は話のネタになる。それが有名な人物であれば尚更。私はそんな人物と付き合っているのだ。奇妙な話である。

「今日の予定は?」
「家帰って魚眺める」

 一人暮らしをしている私は、そんなに大きくない水槽で熱帯魚を飼っている。一年程前に、何となく飼い始めたのだがそれから結構入れ込んでしまって、最初に比べて種類も増えた。ストレスはなるだけ無い環境で飼おうと思っているので、今の状態から更に増やす気はない。熱帯魚は私の心のオアシスだ。ぼうっと眺めている時間が、この上なく落ち着いて、好きだ。一日の終わりに彼らと話す時間は間違いなく安らぎの時間。寂しい人間だなと言われるだろうか。それでもいい。他人からどう思われようと関係ない。
 昔は私にも、沢山夢を見て将来に期待して生きている頃があった。けれどいつからだろう。夢を見る事が苦痛になっていた。理想は現実にはならない。見るだけ無駄。余計な期待はせず、現実に満足したふりをして生きていくのが一番無難。そう思うようになっていた。
 そこから引っ張り上げたのが、嵐山くんだった。香菜の事が好きなんだ。そう、痛いくらい真っ直ぐな目で言ったのだ。けれど意識の底、根っこの部分はそう簡単には変わらない。
 夢なんて見るもんか。期待なんてするもんか。けれど嵐山くんの言動は、私の想像を易々と越えてくるのだ。

「今度見に行っていいか、熱帯魚」
「駄目」

 どうして、と嵐山くん。家に呼んだ事は、一度もない。別に汚い、とかではないのだけれど。何となく超えてはいけない一線な気がして。許してしまったら、私はきっと駄目になる。
 嵐山くんの家に行った事もない。仲の良い家族だというのは話を聞いていれば分かる。けれど行ってみたいと思った事はない。寧ろ嫌だ。怖い。
 もう少し時間が経てば、平気になるのだろうか。嵐山くんを家に入れる事も、何も抵抗なくて。勿論、その逆も。果たしてそう思えるようになった時、私の隣にはまだ嵐山くんが居るのだろうか。
 不安ばかりで、付き合うのはこういう事なのかと心の中で溜息を吐く。私には荷が重い。恋愛なんて器用な事、到底出来る女ではないのだ。

「……魚になりたい」
「魚になったら付き合えなくなるじゃないか」

 真面目に返すな、と思った。余計に虚しくなるからだ。この思いは、きっと嵐山くんには伝わらないのだろう。面倒な人間、そう自分を客観視する。もう少しこの関係に慣れてきたら楽になるのだろうか。嵐山くんの事も、准と呼べるように。
 そこまで考えて、何を考えているのだと頭を振る。夢は見ないのではなかったのか。いつの間にか将来に僅かな期待を抱いている事に驚く。しかし不思議と、気持ち悪いとは思わなかった。人間の感情の何と気まぐれな事だろう。私も案外、単純な女なのかもしれない。

「もし香菜が魚になったら、俺の部屋に迎えいれるよ」
「たまにちょっとずれてるよね」

 思わず笑ってしまった。嵐山くんも笑っていたから、今はこれで良いという事にする。案外、悪くない。


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