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二十四時、屋上で


 嫌な事があった。昼間の事だ。ボーダー本部に香菜は居た。普段あまりしないランク戦をする為に。ふと思い立ったのだ。何の気なしに、何となく。適当な相手を見繕って数戦した後の事。

「玉狛支部のおこぼれが」

 戦って勝った相手に、そう言われた。確かに玉狛支部の中では、自分は弱い方かもしれない。本部を訪れる事も少ないので、香菜の事を揶揄する人間は多い。他にも、理由はあるのだが。人物像が定まっていないと、あれやこれや言われるものだ。香菜という不確定な存在は、一部の隊員の中で茶飲み話になっている。
 とはいえ、負けた者から言われる筋合いはない。おこぼれにすら負けているお前は何だと言いたくなる。結果自分を下げている事に気づきもしない。馬鹿な男だ、そう思った。

「ださいね」
「はあ? 何様だよ」

 いつもなら気にもとめないのに、今日に限って毒づいてしまうのは何故なのか。香菜は自分が分からない。はいはいそうですね、と流せばいいだけの話だ。別にどう思われようが香菜が香菜である事は変わらないし、隊員に勝った事実も変わらない。負け惜しみに付き合う必要などないのだ。
 問題児のくせに、男は続ける。何処から聞いたのかは知らないが、この男も少しは事情を知っているようだ。香菜がボーダーの入隊試験に合格したのは十六の時。すぐにB級になり玉狛第一の一員になったのだが、ある事情で暴力沙汰を起こし一年休んでいた。そうして一ヶ月前、C級から再スタートする事を条件に復帰したのだ。

「そうだよ。その問題児に負けたのは?」

 相手の胸ぐらを掴む。瞳の奥に怯えが見えた。香菜は元来気が強い。いつもは面倒だという思いが強く相手にしないのだが、一度口を出してしまったら引き下がれなかった。先に言ってきたのは目の前の男。自分は悪くない。それが今の香菜の頭の中だ。

「はいはい終了」

 外野から声がかかった。それはよく知っている声で。香菜は「迅さん……」と呟いた。掴んでいた手を離す。相手はさっと距離を置いた。反射的な行動だろう。
 迅の隣には太刀川も居る。二人一緒に何をしていたのだろう。珍しい組み合わせ、というわけではないが、タイミングが良すぎる。見ていたな、香菜はそう思った。

「荒れてんな香菜」
「さっきまで。もう平気です。ワタシコワクナイ」

 太刀川の言葉にお道化たように返す。迅は男に大丈夫かと問いかけていて、何故気にかける必要があるのだと思った。被害者は香菜の筈だ。分かり易く不貞腐れていたら、迅が「帰ろう」と手を差し出す。太刀川に視線を投げれば「またな」と言われる。それを受けて、香菜は迅に従う事にした。
 玉狛支部に入ったのは、迅の働きによるものが大きい。きっと助けになってくれる。迅はそう言った。その言葉が妙に嬉しくて、その時から香菜は迅に想いを寄せている。ただはっきり伝えた事はない。未来が見える迅が何も言ってこないのだから、つまりそういう事だろう。そう思って諦めている部分もある。
 支部に帰って皆と夕食を摂り、風呂を済ませたら部屋に引き籠る。苛立った気持ちを整理しようとしたのだ。支部の面々に迷惑をかける事だけは避けたい。
 ベッドに身を投げてどれくらいの時間が経っただろう。時計を見ると日付が変わっていた。

「いかん。風に当たろう」

 天井に向けて独り言を呟いたら起き上がる。目指すは屋上だ。この時間ならきっと誰も居ない。存分に一人で考え込む事が出来そうだ。
 階段を上がり、ドアを開ける。星空の下、一人。そう思ったが先客が居た。迅だ。香菜は本部でのそれと同じような口調で迅の名前を呼んだ。辺りは静かで、声は思ったより大きくなる。やあ、と手を上げる迅。

「来ると思ってた」

 そう微笑んでいる。読まれている、見られている。ふと、不公平だと思った。まるで迅の手の中で踊らされているかのような感覚におちている。実際は違うのかもしれないが、香菜は迅ではないので分からない。出来るものなら頭の中を共有してみたい。そのサイドエフェクトを体験してみたい。だが湧き出た思いをすぐさま自分で否定する。そんなに気楽なものではないと。

「私が来るのが見えたんなら、一人にしてよ」
「そしたら香菜考え込むでしょ」

 考え込む為に屋上に来たのだから、迅の言う事は何も間違っていない。反論の言葉も出なかった。香菜は足を進め、迅を通り越し屋上の端に腰掛けた。ふう、と息を吐いて景色を眺める。それは広すぎて、何だかどうでも良くなってきた。迅は、こうなる事も分かっていたのだろうか。心境の変化など見えるものではない。けれどおそらく、迅ならば。そう思ってしまうのは香菜の中で迅の存在が大きいからだろうか。

「有難う、迅さん」

 好きです、とは言わない。伝えられない。今のままでは、まだ。それでもいつかは伝えたいと思う。迅がどう答えるかは分からない。否定されるかもしれない。けれど香菜はずっと想い続けられているだけで満足、などという人間ではない。
 二十四時、屋上で。香菜は想い人との心安らぐ空間で、ただただ流されていた。



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