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乾燥おつまみ


「香菜って酒飲めんの」

 聞いたのは、何となく。香菜と俺は同じ大学一年。でも香菜の方が歳は一つ上だ。高校で一年留年したのだと、ちらりと聞いた事がある。深く突っ込んで聞いてはいないので、俺が知っているのは触りだけだ。隠している様子はないので聞いてもいいのかもしれないが、何となく気が引けた。
 香菜が俺の事をどう思っているか分からない以上、気分を害するような事に繋がる言動は避けたい。けれど関わりたいのだから、この気持ちは随分厄介だ。結果、まずは現状から、で今に至る。

「飲めるよ。それがどうかした?」
「俺夏休み中誕生日あんだよ」

 だからどうした。香菜はそんな目をしている。それはそうか。いきなり誕生日があるなどと言われても何もしようがない。プレゼントが欲しいのではない。いや、本音を言えば貰えたら喜ばしいが。そこまで期待はしていない。ただ、少しでいいから一緒に居られないかと思った。一応特別な日だ。共に過ごす人間は選びたい。ボーダーの人間でもいいかと思っていたが、香菜が居る。二十歳の節目。出来るなら香菜がいい。
 香菜はボーダーの人間ではない。だから自慢する事も出来ない。いつか言った事がある。俺はボーダーの隊員の中で一番なのだと。凄いと言われるかと思ったが、返ってきた言葉は「そんなの知らねえし」だった。所属していない者でも、普通は尊敬の目で見られる。見えない、という者も多いが。だが香菜はどちらでもない。まるで興味がないような素振りに感じた。それがどうしても、悔しい。なんとかこの女を振り向かせたい。こんなに必死になって馬鹿みたいだ。だが俺にとっての香菜は、馬鹿になる価値がある女だった。

「誕生日なんて祝ってる暇あんの」
「提出するもんは全部終わった」

 俺の言葉に、へえと香菜は相槌をうった。表情が動く。意外だと語っている。お前と気兼ねなく過ごす為だ、と言ったら笑うだろうか。迷惑そうな顔をするかもしれない。それでも良い。何だかんだ言って香菜はきっと断らない。それが分かっているから、俺は前向きになれるのだ。
 どうせギリギリだったんだろ、と香菜が口を開いた。当たりだ。提出期限当日に仕上げた。正直自分でも終わると思っていなかった。格好つける心算はない。だからそうだなと正直に答えた。

「これからはもっと余裕を持ちましょうね?」
「終わったんだからいいじゃねえか」

 呆れた顔をする香菜。何も間違った事は言っていない筈だ。間に合ったのだから、文句を言われる筋合いはない。結果俺は自由を手に入れた。それが全ての筈だ。
 香菜がポジティブだなと言う。流石に馬鹿にされているのが分かった。馬鹿になる価値があると言ったが、馬鹿にされるのはまた話が違う。それでも香菜にならば言われてもいいか、と思ってしまうあたり重症かもしれない。だから俺は決して好意を伝えない。香菜の方から言わせてやるのだ。意識して意識して、どっぷり俺に浸かればいいと思う。離れられなくなって、依存すればいいのだ。中々難しい道のりかもしれないが、出来ない事はないだろう。

「兎に角。八月二十九日、飲もうぜ」
「誕生日来た瞬間酒かよ」

 はしゃいでいるように見えるだろうか。せっかく表立って酒が飲める歳になるのだ。楽しみたいと思うのは当然の事ではないだろうか。それよりも相手に香菜を選んだ事についてもっと考えて欲しい。香菜は昨年二十歳になる瞬間を経験して、そこに俺は居なかった。だからこそ、俺の誕生日は一緒に。
 そういえば、香菜の誕生日を知らない。こんなに積極的に関わろうとしているのに、基本も基本の情報を聞き出していなかった。自分の事ばかりで失念していた。俺らしくもない。どのタイミングで聞き出そうか。一言聞けばいい事なのに、躊躇してしまうのは何故だろう。

「行こうぜ、暇だろ?」
「私を何だと思ってんのさ。まあ、いいけども」

 素直じゃないな、と茶化したらそんな事を言うなら行かない、と言う。それは困るので冗談だと笑った。なんにせよ、誕生日の約束は取り付けた。夕方辺りに集まって、二人で居酒屋にでも行けばいいだろうとぼんやりと考えている。何処の店が良いか、香菜に聞いた方がいいだろうか。飲み屋は香菜の方が詳しいだろう。そこに生まれるのは、少しの嫉妬。
 香菜は普段、どんな人間と飲みに行っているのだろう。いや、関係ない。これから俺が沢山飲みに誘えばいいのだ。過去より現在、未来。これからは、悲観するものではない。飲み屋は、自分で探す事にした。その方が満足感を得られる筈だ。

「なあ。香菜の誕生日っていつ」

 諸々決めてしまえば、もう躊躇う事はなかった。香菜は怪訝そうな顔をする。聞いてどうする、と言うかのように。
 香菜がそのミディアムロングの髪を耳にかける。癖だ。何かあった時、香菜は無意識にその髪を耳にかける仕草をする。それが色っぽくて好きだ。伝えた事はないが。その代わりに「プレゼントの一つでも用意してやるよ」と別に思っていた事を伝えた。視線がぶつかる。

「何。私の事好きなの?」
「さあ、どうだろうな」

 意識して意識して、どっぷりと。もう片足はかかっている筈だ。分からないとでも思ったか。悪いがそんなに疎くない。
 香菜の口が再び開く。

「私の、誕生日は」


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