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紫陽花の咲く頃


 私は弱い女でした。一人では何も出来ない人間でした。一人である事が不安で、いつも誰かと居たいと願っていました。そして、それは容易な事でした。幸い、友と呼べる者が沢山居たのです。
 けれど、私は不安でした。本当に友であるか分からなかったからです。他人からの視線が怖い。私は怯えながら生きていました。

「香菜? 何してるの、もう寝なさい」

 分かったよ、お母さん。素直に従います。母の言う事は尤もだからです。
 夜、結構な時間になっていました。ぼうっとただ起きていても意味がないし、私は眠る事にします。私の日常は、そんなただただ普通のものでした。特筆する事など何もない、弱い子供の毎日。
 それが少しだけ変わる出来事がありました。決して忘れる事は出来ないでしょう。
 見た事のない生き物なのかも分からない何かが街を喰らったあの日、私は潰された家を前にただ泣く事しか出来ませんでした。家族は無事でした。お気に入りのぬいぐるみが下敷きになって助けられなくなったのが悲しかったのです。
 泣いていると、いつの間にか小さな男の子が居ました。男の子は優しい事に、ハンカチを手渡してくれました。

「どうした」
「何でもないです」

 理由を説明する気になれなくて、私は会話を拒否する事を選択しました。失礼だと自分でも思います。けれどそれが私の精一杯でした。男の子は深く追求せず「言いたくないならいい」と言った後、それ以上何も言わずに去っていきました。不思議な人だと思いました。私は涙越しに後ろ姿を眺めながら、手渡されたハンカチを握りしめていました。
 怪我はない? 無事で良かった。色々な人に声をかけられました。街は色んな声で溢れていて、でも私にはそこまで気を配る余裕もなくて。親の声も、どこか遠くに聞こえました。私は無事だけれど、でも。そんな思いもありましたが、ハンカチがなんとなく前に進めと言ってくれているようで。上を向かなければと思ったのです。

 私は強くなろうと思いました。ボーダーの試験を受けたのはあの日から一年後の事です。決心するまで少しの時間がかかりましたが、私は一歩を踏み出しました。結果、なんとか合格する事が出来たのです。
 隊員になってからは忙しい日が続いて。私には強くなるという大きな目標があったので、忙しいのはなんの苦にもなりませんでした。自分でも戦える事に驚きはしましたが。
 そしてその中、私は彼に再会したのです。

「……あ」

 後ろ姿ですぐ分かりました。ハンカチをくれた男の子。彼もボーダーに入っていたとは。驚きつつも、入っていても可笑しくないな、という思いもありました。彼の目には光があったと記憶していたからです。あの、と声をかければ、彼は振り返りました。私の事を覚えているかは分かりませんでしたが、考えるより先に体が動いていました。けれどいざ顔を合せると続く言葉が思いつかず。そんな中、先に声を発したのは彼でした。

「ボーダーに入ったのか」
「あなたも」

 彼の名前は風間蒼也さんと言いました。話をしてみると私より年上で。てっきり同じ位か年下だと思っていたので驚きました。同時に、年上だと聞いた事でその落ち着きぶりに納得もしました。見た目と中身に認識のずれが出来て、少し申し訳ないと思ったりもして。失礼だと。私は心の中で謝りました。年下だと思った、なんて態々言う事は、それこそ失礼というものです。

 強い女になりたいのです。私は風間さんに打ち明けました。再会してから後、偶に話すようになったのです。

「何が強い女だと思うんだ」

 その風間さんの言葉に私は迷ってしまいます。ただ漠然と、強くなりたいと思っていて、深く考えていなかった事に気づいたからです。ただ私は、このままだと情けない女で人生を終えそうだった。一人では何も出来なくて、何もかもから怯えて生きて。それは駄目だと思った。それだけなのです。言い淀んでいると風間さんは言いました。

「今言えなくても、これから見つけて行けばいい。小野寺にはそれが出来るはずだ」

 その言葉に、私は救われた気がしました。これから見つけていけばいい。そうだ。私にはきっとまだこれから長い時間が用意されている。
 風間さんはいつも明確な意見を持っていて、それを私にも分け与えてくれる。私はそんな風に思っていました。ボーダーの先輩は、人生の先輩でもありました。
 そして私は、段々とそんな風間さんに惹かれていったのです。我武者羅に頑張りました。認めて貰えるように。ボーダーの隊員としてだけではなく、ひとりの人間としても強くなれるように。

「弱さを認めるのも人間だ」

 そう言われた事もありました。弱い部分があってもいいのだと。けれど、逃げずに認める事も大切だと。風間さんの言葉はいつも私の中にすっと入ってきます。それはきっと、好きな人だから、だけではなく。大人だなあと思うのです。いくら年上といっても、そんなに離れてはいないのに。
 この恋心に、きっと風間さんは気付いていない。いつか自分に自信がついたら、胸を張って生きる事が出来るようになったら。私はこの気持ちを伝えようと思っています。その時までこのポケットに忍ばせているハンカチを借りておく事を許して欲しい。このハンカチは、道しるべなのです。いつか、がいつになるかは分からない。けれどきっと。

 私は、強い女になれましたか?


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