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強く儚く


 香菜ちゃんは凄いね。強いね。
 昔からよく言われていた。当たり前だ、私は本当に強いもの。泣いている人が居れば話を聞いたし、困っている人には積極的に声をかけた。だって私は強いから、手助けするのは当たり前でしょう? 人は一人では生きられないと言う人間も居るけれど、私はそれには当てはまらないと思っている。人間というのは結局、最期には一人になるのだ。ならばそれまで、好きなように生きる。生きる強さを、私は持っている。私は私の生き方を、変える心算はない。例えそれが正解でなかったとしても。

「小野寺は何でそんなに強がってるの?」

 唐突な言葉。何を言われているのか分からなかった。私にそう言ったのは、迅悠一。高校三年生の夏の事だった。暑いのは嫌い、寒い方がまだ我慢出来る。夏服なんて全然涼しくない。私の気分は最悪だった。悪あがきのように下敷きで扇いでいたら、いきなりそう言われたのだ。
 こんな生き方をしていると、自然と敵も多くなる。人が集まりそうなものだけれど、私は何処でも一人の事が多かった。人を助けたからといって、助けられた人間に感謝されるとは限らない。目立つ存在は好かれる者と嫌われる者が居るが、どうやら私は後者らしかった。理不尽だ、なんて思った事もあったが、今ではどうでも良くなった。結果一人でも、それでも。
 香菜ちゃんは凄いね。強いね。
 でも友達にはなりたくない。いつも言われる言葉は、きっとそう続くんだ。一人、独り。気にしない。ああ、暑い。
 さておき、迅の言葉だ。聞き捨てならない。強がってなどいない、実際強いのだ。誰の目にもそう映るはずなんだ。

「死ね」

 質問には答えずそう返した。どうせ興味などないのだ。きっと、なんとなく聞いてみただけ。答えが何でも関係ないのである。こういう輩は、相手にする気など端からない。きっとこの物言いも、人が寄らない原因の一つなのかもしれないけれど。
 こんな奴が人を助ける事なんて出来るのか、そう疑問を持つ者も多いだろう。出来るのだ。優しさの安売りはしない。それだけ。両手をいっぱいに広げて、引っかかる分を助ける。そうしたら、周りの人間には何故あの子だけ、という負の感情が沸き上がる。それを繰り返した結果、強いが上の孤独を味わう事になった。

「良い事は意識しないと寄ってこないよ」

 迅も私の返答は無視して言葉を返してきた。会話をする気はないという事か。きっと迅もこの暑さで気がふれているのだろう。でなければ何の用もなしに私に話しかけようなどと思わない筈だ。でも、何となくそんなに悪い気にはならなかった。一度は拒絶したけれど、会話をしてみようかという気になる。

「良い事って例えば?」
「おれと話が出来るとか」

 なにそれ、と思わず笑ってしまった。迅と話をする事は良い事に含まれるのか。確かに意識しなければ他人と話をしようなんて思わないから、迅の言う事は間違っていないかもしれない。少し、楽しい。迅は私の顔を見て「笑う門にはなんとやら」と口にした。福が来ると言いたいのだろう。そんなに簡単に福が来てくれたら苦労はしないのだが、欲しいのなら何か行動を起こせ、という事だと考えるとなるほど筋は通るのかもしれない。
 迅は欠席も多く、でも何故だかそんなに浮いた存在ではなかった。誰とでも体よく、器用なのだと思っていた。私とは人種が違う。そんな彼が学校に来たと思ったら、私に話しかけてきている。他に交流を深めるに適した人間など山程居るだろうに、何故だか私を選んだのだ。
 それは迅の行動力で、きっと迅なりに良い事を考えて動いた結果で。私はいわばお裾分けを頂いた立場だ。

「小野寺はさ、極端すぎると思うんだよね」
「と、言いますと」

 ただ強い人って居ないと思うんだ。誰でも弱い一面はあって、それを認めて初めて本当強いって言えると思うんだよね。
 迅はそう続けた。私はもう、何だか聞くのが楽しくなってきてしまっていて。そうして考えた。ただ強いだけでは駄目なのだろうか、私に弱音なんてあるのだろうかと。見て見ぬふりをしているだけなのかもしれない。けれど具体的な事はあまり想像出来なかった。気付いていないという事だろうか。それなら私は、人として欠けているのかもしれない。
 迅の言う言葉は理解出来る。だが自分に当てはめる事が出来ない。難しい。これが、生きるという事なのだろうか。

「迅は強いの?」
「凄く弱い」

 嘘だ、思わずそう口にした。迅は「ほんと、ほんと」とへらへらする。自分を弱いと言えるのも、一種の強さではないのか。思ったが言わないでおく事にした。迅はきっと、私の考えている事など分かっている。分かっていて、私に分からせる為に話しているのだ。世話焼きめ、そんな事を思った。二人の会話に混じって来るクラスメイトは居ない。この空間は、確かに二人だけの空間だった。

「弱いからさ、一つお願いがあるんだけど」

 不意に迅が悪戯っ子のように人差し指を立てる。私は黙って迅の言葉の続きを待った。提案によっては、聞いてやらない事もない、そう思いながら。

「香菜って呼んでもいい?」

 香菜ちゃんは凄いね。強いね。
 何度言われても、その先に発展する事はなかった。私がそれを望んでいなかったから。一人で生きていける強さを持っていると思っていて、実際今まで友人が居ない以外は問題なく過ごせていて。けれど今、偶然かのように話しかけてきた彼にこんなに心動かされている自分が居る。
 私の、答えは。


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