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息も吐かずに

「おー、今日も居る居る」

 いつもの通学路を歩く。学校を往復する決められたこの道が大嫌いだ。退屈しない。勿論悪い意味で、だ。他にも通学に使える道はあるのだが、どこも同じようなもので、それならばと最短の道を歩いている。代り映えしない道のはずなのに、毎日知らない道を通っているかのようだ。

 小さい頃から、人間じゃない何かが見えた。
 誰かに言った所で変な目で見られるだけだし、それでも小さい頃は親や仲の良い友達に言った事もあったけれど、やがて誰にも何も言わなくなった。皆には何も見えないのだと、幼いながらに理解したのだ。
 ただ、目にはずっと映っていた。視界を侵食するそれが、目障りで仕方なかった。

「よう芦屋。今帰り?」
「やあ虎杖くん。丁度良かった」

 これが呪いというものだと分かったのは、彼に会ってからである。彼は名前を虎杖悠仁と言った。これは呪いというものだと、一部の人間は祓う事が出来るのだと教えてくれた。そして虎杖くんは、どうやら祓える人間であるらしかった。

「コレどうにか出来ない? さっきからチラチラして」
「おーそれ位なら楽勝」

 そう言った虎杖くんは己の拳でさらっと呪いを消滅させてしまう。
 私は見えるだけでその呪いというものをどうこうする力は持っていない。見えるが祓えない、最悪だ。ただの無力な一人の人間でしかない。

「いつ見てもただの暴力」
「かっこよくね?」
「虎杖くんの仲間の人達もそんな物理的な暴力で祓うの?」

 質問には答えず思った事を言う。虎杖くんは気にも留めずに「そうだなあ」と顎に手を当てて考える素振りを見せた。

「色々かな。俺もそんなに色んな人の祓い方見たわけじゃねえから分かんねえけど」
「へえ」
「興味ねえだろ」

 その日、いつも見えるだけの呪いが初めて襲ってきた日。虎杖くんが私を救ってくれた。たまたまそこに居た、という虎杖くんはとてもフレンドリーですぐに打ち解ける事が出来た。

 彼から得た知識も多い。虎杖くんのおかげで、正体不明のナニカは不気味には変わりなかったけれど呪いだと分かったし、害をなすものは祓ってくれる人が存在するのだという事も分かった。

「芦屋も呪力があればいいのにな」
「やだよ面倒くさそう」

 祓えたら虎杖くんと一緒に居る時間が減るじゃん、とは言わなかった。きっと虎杖くんはこの気持ちに気づいていない。今の所言う予定もない。

 ああでも、もし私に祓う素質があったのなら、虎杖くんと同じ学校に通う事が出来るのか。それは魅力的かもしれない、と思った。だがしかし、現実はそう上手くいかないのだ。思い通りに暮らせたら、とも思うけれどそれはそれできっとつまらない。人間ないものねだりなのだ。

 虎杖くんと居る事で、平凡じゃない日常が平凡になっていく気がした。いや、平凡だった日々が非凡になったのか。どちらなのかはよく分からない。ただ一つ言えるのは、確実に楽しくなったという事。

「虎杖くんさ、学校楽しい?」
「楽しい!」
「恵まれてるねえ」

 虎杖くんの性格なら人望はあるんだろうと思った。学生の大半は一日を学校で過ごす。彼が言うには、卒業しても強い関わりがあるのだとか。素直に羨ましかった。見えるだけの私でも、この先ずっと虎杖くんに一緒に居て貰うわけにはいかないだろう。いつか別れが来る。今の私に、それに耐えられる根性はない。

「芦屋は楽しくねえの?」
「楽しいよ、すごく」

 君と居るこの時間より楽しいものなんてないけれど。それでもこの立ち位置で出会えた事に意味はあるのだろうし、学校も楽しくないわけじゃない。決して嘘はついていない。

「ならいいじゃん。俺同級生三人しか居ないからさ、芦屋みたいに沢山の人に囲まれた学校生活、ちょっと憧れるわ」

 虎杖くんの言葉を聞いて少しの罪悪感。やっぱり人間ないものねだり。誰だって不満を抱えて生きている。

 そうこう話すうちに自宅が近くなってきた。目の前の角を曲がったらもう我が家が見える。私は虎杖くんに手を振り、別れようと。した瞬間、思い切り彼に手を引かれた。

「え、何」
「ストップ」

 虎杖くんが真剣な目をしている。その視線の先は私の後ろ、家の方。腕を掴む力が強くなる。痛い、と反論する隙は今の彼にはない。呪いがいるのであろう事は容易に想像出来た。多分、それなりに強い呪いが。

「芦屋、離れてろ」
「え、でも」
「頼むから」

 真剣な表情で懇願されたら、もう後ろに下がるしかなかった。でも、と言った所で私には何も出来ない。ただの邪魔者、足手まとい。ならば少しでも離れた所へ。後ずさりしながら呪いを視認する。そこらへんを飛んでいるような小さいものではない、人間の体の何倍はあろう大きな呪いが奇声を発していた。

「ゆウウううやげコやげええエえ」
「呑気に童謡歌ってんじゃねえっての!」

 虎杖くんは呪いに向かって走り出す。あれだけの巨体動きはきっと遅いはず。虎杖くんの拳はきっとゆうにあの呪いに届く。一発殴っておわり、きっとそう。私は彼の真剣な表情の意味を忘れ、大丈夫だとどこか油断していたのかもしれない。

 だから、呪いが大きな体で跳躍した時、その場から動く事が出来なかった。

「ひガああアアヒがぐレでえええエああ」
「尋乃!!」
「あっ」

 腕が振り上げられる。だめだ当たる、死ぬ。そう思い目を閉じた。次の瞬間私を襲ったのは、直接的な殴られる感覚ではなく強い風圧だった。耐えられない事には変わりなく、壁に叩きつけられる。
 そろりと目をあける。呪いは居なくなっていた。

「大丈夫か、芦屋!」
「痛い……」
「わりい、ちょっと間に合わなかった」

 どうやら呪いが私に攻撃しようとした事にとっさに反応した虎杖くんは横から殴って振り下ろされる腕の方向をそらしてくれたらしい。おかげで無傷とは言わずとも、私は死んではいない。

「本当ごめんな……」
「大丈夫だよ、どこも折れたりとか、そういうのしてないし」

 虎杖くんはでも、とかだけど、とか云々唸っていたけれど、最後は座り込んだ私の対面にしゃがみ込み、私の肩に頭を乗せて「良かった……」と深く深く息をついた。

「……虎杖くん?」

 急なその行為に先ほどまでの殺伐とした雰囲気を忘れどきどきしてしまう。名前を呼んでみるが、返答はなかった。
 どうする事も出来ず暫くそのままで居たら、やがて頭を上げた虎杖くんが、もう一度「ごめん」と呟いた。私が返す言葉は一つだけ。

「ありがとう」

 虎杖くんは驚いた顔をしている。文句でも言われるかと思ったのだろうか。体はもう痛くない。擦り傷に血は滲んでいるけれど、大きい傷ではない。
 きっと虎杖くんは人の死にも立ち会ってきたのだろう。私も彼が居なければきっと死んでいた。そう考えると、生きているという事が何だか凄い事のように感じられた。
 今この瞬間を生きている事が、何より大切な事なんだ。

「虎杖くんあのね。私、きみが好きだよ」

 言わずにはいられなかった。虎杖くんは優しいから困ってしまうかもしれない。それでも、伝えないままではいつか後悔する気がした。案の定、視線をさ迷わせた彼は話し出した。

「俺あんま付き合うとか彼氏彼女とかわかんねえんだけど」
「うん」
「でも、俺も好き……だと、思う……いや、好き」

 今度は私が驚く番だ。まさかそんな言葉が聞けるとは思わなかった。自然と零れたのは涙ではなく笑いだった。くすくすと、まだばつが悪そうな虎杖くんを前に笑う。そうしたら、彼も眉尻を下げて笑ってくれた。
 息も吐かずにこの世に生きよう。できれば同じ場所だったらいい。立場も環境も違う私たちだけれど、きっとそんなに難しい事じゃない。
 自宅に着くまでの短い時間、二人は自然と手を繋いで歩き出した。


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