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アンダンテ

「あれっ、野薔薇ちゃん?」
「え、尋乃!?」

 私の生まれは、ここ東京から遠く離れた田舎町。閉鎖的で、息が苦しくなるよう小さな町だった。排他的なその土地柄に飽き飽きして、親をなんとか説得して東京の高校を受験、無事合格。そして私は自由な生活を手に入れた。

 東京の街並みはそれはもう魔物を相手にしたような感覚で、正直まだ慣れてはいない。それでも何とか少しずつ行動範囲を広げて日常生活に関する買い物云々はできるようになってきた。高校の友人も田舎者だなんて馬鹿にする人間もおらず、色々連れて行って教えてくれる。勿論、健全な範囲で。
 野薔薇ちゃんに会ったのは、とある休日、私服でも買いに行こうかと一人買い物に出かけた最中の出来事だった。

「あれ、野薔薇ちゃんこっちの高校だっけ?」
「ま、まあ。一応、ね」

 野薔薇ちゃんとは同郷で同級生。まさかこんな所で会うと思っていなかったので驚きを隠せない。そういえば中学三年の時の私は、自分の受験に一途すぎて他の同級生の進路なんて気にも留めていなかった。どうせもう離れるのだからと、高校を卒業した後もそのままこちらで大学に入って大人になったら一人暮らしをしながら働くのだと。そう思っていたのだから無関心にもなるというものだ。

 それでも、東京の高校をわざわざ受けたのは自分位だと思っていたので野薔薇ちゃんとの再会には驚いた。少なくとも一般入試では私だけだったはず。じゃあ推薦という事だろうか。勝手にそう解釈した私は、凄い人だったんだなあと野薔薇ちゃんを見つめた。

「……何よ」
「いやあ……まさか地元の同級生にバッタリ、なんて思わなくて」

 私と同じようにショッピングでもしていたのだろうか、ショップバッグをいくつか肩にかけている。正直に心の内を言葉にすれば、「私もあんたに会うなんて思わなかった」と野薔薇ちゃんは顔を顰めた。あれ、私はあまり好かれていないのだろうか。中学の頃は、それなりだったと思うのだけれど。単純に地元の友達と会いたくないとか、そんな所だろうか。きっとそうだろう、野薔薇ちゃんは人一倍地元を嫌っているような節があったから。

野薔薇ちゃんと仲のよかったあの子、名前はなんて言うんだっけ。沙織ちゃん? そんな感じだった気がする。当時は羨ましかった。当時の私は自分から距離を縮めるのが苦手で、都会から来た沙織ちゃんとも沙織ちゃんと仲良くする野薔薇ちゃんとも上手く友達になれず、見ているだけだった。そんな自分を変えたくて、単身都会に乗り込んだ、というのも今の高校を受験した理由だったりするのだけれど。

「ね、せっかくだからお茶しない?」

 私は思い切って切り出した。殻に籠っていたあの頃の私はもう居ないんだ、そう鼓舞して。

「あんたと?」
「久しぶりに会ったんだもの、いいでしょ?」

 にっこりと笑えば、野薔薇ちゃんは「まあ、いいか」と頷く。私はといえば、実は断られてしまうんじゃないかと内心ドキドキしていて、だから了承して貰えた事が嬉しかった。嫌われている訳ではないらしい。

「素敵な喫茶店を見つけたの。一緒に行かない?」
「付き合うわよ。私ももっと色んなお店知りたいし」

 私は野薔薇ちゃんを最近見つけた小さな喫茶店に連れて行った。アンティーク調にまとめられた店内が、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

「へえ……いい感じね。尋乃はよく来るの?」
「実は私も二回目なの。この間一人でうろうろしてたら見つけたんだ」

 席につくなり店内を見回した野薔薇ちゃんが感嘆を交えながら話しかけてくれたので、事実だけを簡単に話す。それを聞いた野薔薇ちゃんは何故か少し驚いたように目をパチリとさせて、私は私で何かおかしな事を言っただろうかと目を瞬かせた。

「私何か変な事言った?」
「いや……尋乃って初見の店に一人で入る勇気ある子だと思わなかったわ」

 野薔薇ちゃんは本心を真っすぐぶつけてくる子だ。確かに過去の私は、内気で大人しくて、一人では何も出来ない癖に助けを求める事も出来ない、何もない人間だった。だから彼女の疑問は真っ当なものだと思う。

「ブラックコーヒー、っていうイメージもなかった」
「高校入ってからだよ、飲めるようになったの」

 運ばれてきた飲み物を口に運べばそんな事を言うから、正直に白状して笑った。

「変えたかったの、色々と」

 野薔薇ちゃんは、「ふうん」とさして興味もなさそうに自分のコーヒーに砂糖を入れてスプーンでゆっくりかき混ぜている。

 表面は変わったかもしれないけれど、内面はそうそう簡単に変えられない。実際、私は次に話す言葉が見つからずコーヒーに写る自分を眺める。半ば強引に連れてきてこれなのだから、野薔薇ちゃんにしてみれば堪ったものじゃないだろう。申し訳なさで苦笑が零れた。

「変われたの?」

 だから野薔薇ちゃんがそう口にした時、一瞬どう答えたら良いのか分からなかった。思考を巡らせても良い回答なんて思いつかなくて、結局本当の所を話すしかないと小さく息を飲む。

「分からない。分からないけど少しずつ変えていこうと思ってる。誰も評価してくれなくても、自分が納得出来る自分になりたいの」
「それで、一人こっちの高校受験したの?」

 ゆっくり顔を上げれば、野薔薇ちゃんと目が合った。真っすぐな視線。強い人だなあ、と思う。私とは大違い。でも、私もこんな強い眼差しを持てるようになりたい。ああ私は、野薔薇ちゃんに憧れているんだ。ずっと前から。

「そういう理由もある」
「そ」

 野薔薇ちゃんは勝気な笑顔を見せた。そうして、そのまま言葉を続ける。

「尋乃、結構格好いいじゃん」
「え?」

 私が格好いい。そんな事勿論言われた事なんてないし、自分でも思った事なんてなかった。目から鱗、とも言える。

「格好いいよ。応援する」

 彼女はいつも真っすぐ。だからこそ驚いて、だからこそ希望になった。そうか私でも、強くなれるんだ。不思議と勇気が湧いてくる。野薔薇ちゃんが応援してくれる、それだけで心が落ち着く感じがした。

「有難う、野薔薇ちゃん。誘って良かった」
「いいえ。こちらこそ、良いお店教えて貰ったわ」

 それからもう少し話をして、けれど連絡先は聞かなかった。野薔薇ちゃんからも聞かれる事はなかった。きっとこれから私たちは、全く別の道を歩いて行くのだろう。そうなんとなく思った。
 でも、別れ際野薔薇ちゃんが手をひらひら振りながら言ってくれた「またね」の一言が私の心に響いて、明日からも頑張って生きていける気がした。


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