×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
暗がりから愛を込めて

 この街は色々な光で溢れている。それを綺麗だと思う時もあれば、五月蠅いと思う事もある。その時々の心境によって変わるから、街というものは不思議だ。街だけでない、この世の全ては、不思議で溢れている。それは人一人で全てを認識出来るものではない。知らない事も多いこの世界で、ちっぽけな人間は必死に生きている。そして、死んでいくのだ。
 尋乃は呪術師である。普通、というのか一般というのか、そういう人間から比べると少し死に近い世界で生きている人間だ。いつ死ぬかも分からない、そんな世界。だから日々一生懸命生きようとしている。ただ偶に、辛くなる。生きたいと望むばかりに、思考が死にそうになるのだ。

「棘くんはどう思う」
「ツナマヨ」
「そうだよねえ」

 それは会話になっていない会話。周りから見れば、だ。狗巻は言いたい事を伝えているし、尋乃は何と言っているのか何となく分かる。一緒に居る時間が長かった故の芸当だ。
 小さい頃、呪術高専に入る前。その頃から尋乃と狗巻には関わりがあった。狗巻はずっと話す言葉を制限されていて、だから自然と尋乃ばかりが話しかける形になる。けれどきちんと反応は返ってくるし、いつの頃からか狗巻が何を伝えようとしているのか尋乃には分かるようになっていた。必然だ。
 さて。高専での会話である。午後の授業。狗巻と尋乃は二人揃って階段に腰掛け話している。禪院とパンダは少し離れたところに居た。お互いの声が聞こえるのはお互いだけ。ぼそぼそと、中身のない話をしている。

「死んだらさ、悲しいよねえ」
「しゃけ」

 尋乃が生死に関して話すのは珍しい事ではない。そういう話は嫌いな癖に、話さずにはいられない。矛盾。それが余計尋乃の思考を複雑にさせる。暗い話だが、狗巻はいつも耳を傾けてくれる。単純に嬉しかった。またその話か、などという事は狗巻は一切言わない。そういう雰囲気も出さない。寧ろ何でも話していいよと言われているようで。だから尋乃の口も軽くなるのだ。
 ただ一通り話した後、罪悪感には襲われる。何を話しているのかと。だから満足いくまで話した後謝って「おかか」と言われる。そこまでが一連の流れだ。飽きもせず、そんな事を繰り返している。狗巻はもしかしたら飽きているかもしれない、と思わない事もない。けれど甘えてしまっている。それだけ二人の付き合いは長かったし、深かった。

「今日の夜、星を見にいかない?」

 提案に、深い意味はない。ただ静かな夜を狗巻と二人で過ごしたかった。光溢れる街ではなく、街灯もないような山の中で。夜に紛れて、星を見たかった。だから尋乃は言う。山に行こうと。静かな場所で、二人で星を見ようと。
 狗巻は最初こそ不思議そうな顔をしたが、頷く。約束ね、と言えば「しゃけ」と返ってきた。尋乃の心は浮足立つ。楽しみなイベントが増えた。午後も乗り切れそうだ、などと思ってしまうから単純だ。狗巻もそうであれば、と思うが多分彼の思考はもっと軽いだろう。重い感情を持っているのは尋乃だけでいい。本人がそう思っているので、何も問題はない。
 そうしてスケジュールをこなして、日が暮れた。夜になる。高専の門で狗巻と待ち合わせ、二人は山の方へ登って行った。そもそも高専が高いところに建っているので近くの山まではすぐだ。暫く歩いたところで、視界が開ける。街を見下ろす形になった。そこは賑やかで、なんだか自分が居る世界とは別世界のような感覚に襲われる。逃避するように空を見上げた。そこには星が輝いている筈で。筈、なのに。

「……星、見えないね」
「……しゃけ」

 空は生憎の曇り空だった。星も月も、何も見えない。ただ暗い空間が一面に広がっている。まるで星が全て落ちてしまったようだ。この空はもう輝く事はないのだと。そんな事はあり得ないのに変な事を考えてしまって、尋乃はなんだか泣きそうになった。心が弱っている。偶にある事だ。ただこんなにいきなり不安に襲われる事はないので制御が効きにくい。楽しみにしていただけに、残念だという思いがこの感情に繋がっているのだろう。分かっていても立ち直る事が出来ない。

「ツナツナ」
「……うん?」

 どう思おうと星が見えないのは変わらないのでぼうっと下の街を眺めていたら、狗巻が裾を引っ張る。虚しいな、と一人浸っていたので反応が遅れる尋乃。狗巻の方を見ると、空のある一点を指差していた。その指の先に視線を移す。あ、と声が漏れた。そこには一つだけ、星が見えた。たった一つ、ただ力強く光を放っている。丁度雲が薄くなったのか、尋乃は冷静に考える。やがてまた雲がやってきて、その星は隠れてしまった。しかし、星を見るという目的は果たせたのでまあ良しとする。

「いつか星がなくなって、真っ暗な空になったら。私が星になるよ」
「おかか」

 生きろ、そう言われた気がした。星がいつまで輝いているかなんて誰にも分からない。死したら星になるなんて迷信だと思う。だから尋乃が星になる事はない。けれど死を連想した事もまた事実だ。それを勘づいて、狗巻は生きろと言った。ならば生きよう。命を全うするのだ。この命が何処まで続くのかは分からない。それは皆同じだ。ただ少しでも長く、狗巻の隣に居られたらいい。尋乃はそう考えた。そしてそれは、きっと狗巻にも通じている。
 また雲が薄くなって星が見えないだろうか。二人は時間の許す限り、空を見上げていた。手が触れそうで触れない、そんな距離で。


[ 4/21 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]