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くらり揺れる

 私は五条悟に憑いている。世間一般に言う幽霊というものだ。意図せず死を迎えて、まあいいかと諦めた。てっきり成仏出来るものだと思っていたが、何故か現世にとどまっているこの状況。何か心残りなどあったろうか。気付いたら悟の後ろを憑いて回っていた。
 生前、悟とは付き合っていた。といっても随分プラトニックなもので、友人と大して変わらないようなものだったが。どうして付き合ったのか。私に恋心があったからだ。告白してみたらあっさり受け入れられて、逆に困惑したのを覚えている。私に、悟程の人間に好かれる要素はないと思っていたから。告白したのは、当時のもやもやを一人で抱え続けていくのが嫌だったという随分自分勝手な動機で。もしかしたら悟はそれに気づいていたのかもしれない。けれど慈悲で付き合うような男ではないから、少なからず好きでいてくれていたのではないかと思っている。確認のしようは、ないのだけれど。

「今日はいい天気だね、悟」

 ある夏の日。私は悟の背中に話しかける。勿論、返事は返ってこない。悟なら、私の事くらい見えるかなと思ったのだけれど、どうやら違うらしい。私が特殊なのか、悟がポンコツなのか。きっと前者なのだろうなと、何となく思っている。
 私は何者なのだろう。いや、幽霊なのだけれど。どうやったら成仏出来るかな、とまた独り言。しかし成仏なんて出来なくてもいいかと思う自分も居る。このままこうやって悟の生涯を見続けるのもまたいいのではないか。
 呪霊になって悟に祓われるならそれも面白かったかもしれない。けれど私は呪霊にはならなかった。このまま幽霊として彷徨い続ければ、いつか呪霊になる事もあるのだろうか。そうして悟のお世話になって。ああでも、呪霊になった私は悟の事を判別出来るのだろうか。記憶はどうなるのだろう。何もなくなってしまうのは、怖い。ならばやはりこのまま幽霊で居たい。
 私のそんな思考などお構いなしに、悟は森の中を歩く。任務だ。私が居ても何も出来ないのだけれど、どうやっても悟から離れる事は出来ないのでやはり後ろを憑いて行く。悟は最強なのだ。そこらの呪霊では相手にならない。今回の任務もさっくり片付けて帰路についた。外はまだ明るい。時刻的には夕方だ。夏は日照時間が長い。活動出来る時間も長くなると錯覚してしまうが、一日二十四時間なのは変わらないのだから感覚が麻痺しそうになる。まあ、私には、もう関係ないのだけれど。
 任務帰り、悟は花を買っていた。誰かに贈るのだろうか。そう言えば当たり前の事だが、これからも悟に恋人が出来る事もあるだろう。私はそれも眺めていないといけないのか。そう思い至って、けれどすぐに、それは幸せな事だなと思った。好きだった相手が幸せになる過程を見る事が出来るなら、それはとても素敵な事ではないか。私はどうしたって、もう悟を幸せにしてやる事は出来ないのだから。それならば、誰か見合った人が見つかればいい。私なんかと付き合ってくれた悟だから、変な人についていかないかという不安は少しだけあるけれど。私は保護者か。ストーカーの方が近いかもしれない。実際、ずっと後ろに居るわけだし。

「悟、告白全部真に受けちゃ駄目だからね」

 どの口が言うのか。心配になってしまったのだ。けれどやっぱり、悟には聞こえない。一方的に話しかけるのは寂しいと思う時も勿論ある。しかし聞こえないのは仕方ないし、こうして居られるだけでいいのだ。もし悟が変な女に引っかかったら相手を呪ってやろう、と物騒な事を考えた。私が一番変な女かもしれない。気をつけなければ。悟がやらなくても周りの誰かに祓われる可能性だってあるのだ。私は善良な幽霊です、なんて言っても信じて貰えないだろう。大体善良な幽霊とはなんだ。守護霊でもないくせに。
 悟は花を手に、次の場所へ向かうようだった。何も分からず憑いていく。徒歩で行けるようだからそんなに遠い場所でもないのだろう。花を持って出かける場所。見当がつかなかった。早くしないと日が暮れてしまう。夜になっても別にいいところなのだろうか。色々考えるが、やはり答えは出ない。ただ悟を見守るのが、私の役目だ。
 そうやって三十分程歩いて、着いたのは墓地。ああ、ここか。分かってしまった。ここは、私の墓がある墓地だ。流石にここまで来たら、鈍感な私でも分かるというものだ。悟は、私の墓参りに来てくれたのだ。
 それは予想通りで、墓の前に花を手向ける悟。

「尋乃。お前が死んでから今日で一年だよ」

 ああ、そうだったか。失念していた。そういえば私は、一年前の今日に命を落としたのだった。自分ですら忘れていたのに悟が覚えていてくれた事に若干の嬉しさを感じる。悟は「中々これなくてごめんな」と続けた。いいんだよ、そんな事。私の事なんて忘れてくれたっていいのに、律儀なんだから。でも、喜んでいいのかな。悟にとって私はそれだけ大切な存在だったって、自惚れてもいいのかな。すっと、体が軽くなった気がした。もうない体が。
 何故悟に憑いていたのか、まだ分からない。分からないけれど、多分今がお別れの時だ。

「僕も死んだらそっち行くから」
「そんな話しないでよ。幸せに生きて」

 悟の言葉にそう返す。聞こえない声。けれど、悟がこちらを振り向いた。その目が大きく開かれる。目が合った、気がした。私は多分微笑んでいて、悟は驚いているようで。でもああ、時間はもうない。

「天国に行く生き方しなよ」

 消え際に言った言葉は悟に届いただろうか。届いていなくてもいい。そんなに重要な言葉ではなかったから。悟、ありがとう。何も役に立てなかった私だけど、一緒に居てくれて。私はもう満足だから、自分の為に生きなよ。
 大丈夫、きっと伝わっている。そう思った時には、悟の姿はもうなかった。名前、呼んで貰えて良かったな。私の心は、これ以上ない程穏やかだった。


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